檸檬の日記

2014年6月9日

メディアのあり方

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日本を離れて8年が過ぎた。
アメリカでもフランスでも普段あまりテレビを見ないので、時事問題には疎くなった。
それでも大きいニュースや興味のあるものは人づてやネットで入ってくるし、そもそも知らないと困るニュースなんてないのかもしれないとも思う。

ブラウザのデータを整理したのでログイン情報が消えてしまって、mixiにいったらトップページのmixiニュースがででんとあった。
そしてその第1位が『死の直前「パパと呼び続けていた」 厚木の男児遺棄事件』。なんだそれって、心が痛むのは分かっていたけど開かずにいられず、関連ニュースも読んでしまった。次いつ帰ってくるか分からないお父さんを、それでも他に頼る人もなく待ちつづけるしかなかった、息子と同い年の男の子のことを思うと本当に胸が痛んで涙が出てくる。

でも、でもね、それを伝えたくて日記を書いているわけではないのです。
mixiニュースのソースは朝日新聞で、同じような男の子の生活を伺わせる記事がたくさんある。その後読売新聞を見てみるとそういう記事は皆無。白骨化遺体が発見されたというニュースと、もう一つは「厚木男児遺体、発見遅れ多くの課題…神奈川」

以前からワイドショーと報道の違いというのは感じていたのだけど、今回の朝日と読売のずれはまさしくそのままだと思った。男の子がいかにかわいそうか、お父さんがいかにひどいか、それをできる限りドラマチックに伝えるのがワイドショー。でもそれは見ている者を一時的な感傷に浸らせるだけ、あるいはすべて分かったような気にさせるだけで、そこに問題提起や建設的な問いかけは存在しない。それってようは野次馬のおばちゃんたちのひそひそ話と同じで、あることないこと話して勝手に盛り上がって、次の瞬間にはコロっと忘れてしまうってことなんだろう。

報道ってなんなのか。高校生の頃、私の夢はニュースキャスターだった。女子アナではなく。なぜなら報道がしたかったから。それはつまり、社会にむけて問題提起をするということに憧れていたのだと思う。

地球上で、日本で、フランスで、あるいはこの町で、毎日たくさんの人が傷付けられ、辛い思いをし、命を落としているはずだ。中には誰にも気づかれないままのケースもあるだろう。それら一つ一つに思いを馳せるのは個人の自由だ。でもメディアはそうであってはいけないと思う。メディアは同情を呼ぶために、読者や視聴者を感傷に浸らせるためにあるのではなく、そこにどんな問題が存在しているのか、我々がなにを変えていかなければいけないのか、そういう問題提起を行うためにあるはずだ。

今回はたまたま朝日と読売だったけど、日本のメディアは媒体を問わずワイドショー型の報道が多い。それはもちろん議論を苦手とし付和雷同の精神をもつ日本人の性質から生じた現象なんだと思う。でも会社にしろ政治にしろ、大きいものに巻かれれば安定が約束された時代はとっくに終わっているのだから、メディアもマスも変わらなければいけないんだろう。

自分では変わっていないつもりだけど、三度の飯より議論が好きなフランス人たちに私も影響されているのかもしれない。


2013年12月23日

Give Peace a Chanceって歌うんだ

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今年度の初め、私が参加しているコーラスで使用している部屋について他の音楽クラスとバッティングがあり、多少もめた。といってもどちらもいい年した大人だし、市営の施設なので市役所の人も間に入って無事解決。結果的に私たちがその部屋を使えることになった。

解決後初めての練習日、部屋でウォームアップをしていると、移動させられたクラスの先生がやってきてこう言った。
「ここにある楽器はとても高いものなんだ。触らないでくれ。」
私たちはピアノ以外の楽器は使わないので「分かってます。気をつけますよ。」と答えた。
先生は続けた。「分かっていない、今あなたが寄りかかっている楽器は50万するし、あの楽器の上にコートが置いてあるなんてもってのほかだ。」
こっちにも言い分はある。その楽器たちのせいでコート掛けが塞がれて使えないのだ。
正直に言えばムッとしたし、多分多くの人がそうだった。

私はそのやりとりを見ながら、そこに敵意を込めなければ、こっちも譲ってくれてありがとう、移動させてしまってごめんなさいって言えただろうにって思っていた。どこからか負が入り込むとそれは回り回ってなかなか消せないと思うから。

でもその時にコーラス仲間の一人が言った。「そうね、確かにそういう楽器の使い方はよくないわね、ごめんなさい。」
ムッとして動こうとしない人もいたし、無視していた人もいた。
でも彼女は別に苛立つでもなく穏やかなまま仲間たちにコートをどけましょうと呼びかけた。
先生は黙って出て行った。
いきなりの出来事になんだあれと悪口を言う人もいたけど、私はただ感動した。

私は流されていないつもりだった。でも多分私が口を開けば、負の言葉しか出てこなかったと思う。それは直接相手を攻撃するというより、自衛的になるという意味での負だ。つまり、相手からいきなり攻撃されたという口実を得て、私たちは悪くないのにという自己正当化が私の中では着実に起きていたのだということが、そうでない彼女の言動を目の当たりにして身に染みたのだ。

Anatomy of Peaceにはこのまんまのことが書いてあったではないか。

相手の発した「負」を、批判したり受け止めたりするのではなく流すのだと、気に留めないということなのだと分かった。分かったからといってできるようにはならないけど、でも残念ながら発生してしまった負が、簡単に暴発してしまう負が、穏やかに静まっていくのを目の当たりにして、私もこういう大人を目指したいと強く思った。

戦争とか世界規模のことだけでなく、夫婦間とか親子間とか友達同士で起こるような諍いも、多分そのほとんどは負の増殖によるものだと思う。もともとものすごい諍いとか不平等が存在するというよりも、どこかで生まれた小さな負があっというまに暴発してしまうだけ。直接相手を攻撃する人だけでなく、それを批判的に見ている私のような偽善者もまた負を増長している。

2013年7月23日

浮いた器用貧乏

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昔からグループが苦手だ。それは自分が天邪鬼だからだとずっと思っていた。結局は周りに反発することでしか自己を確立できない情けない性だと。でもそれ以前に、そもそも私は周りに馴染めていたことがなかったのかもしれないと、先日クローンと話していてふと気が付いた。

多分、私はずーっと浮いていたのだ。
中学高校大学を通じて、いやむしろその後だって。
この歳になってようやく分かりました。いや、ようやく認められました、かな。

外国にいると自分が外国人になるので、それだけで浮いた存在になる。でも私にはそれが逆に心地良い。なぜかと考えてみれば、周りに馴染めない自分に言い訳をくれるからだ。そして外国人であることが絶対的な事実だから、周りに馴染めないことへの罪悪感とか自己嫌悪もない。(別に海外で殻に閉じこもることをすすめるわけでも正当化するわけでもありません)

日本にいたときだって罪悪感とか自己嫌悪に苛まれていたわけではない。ただ周りのノリについていけないことやグループが苦手なことも、ようは自分がカッコつけて斜に構えてやっていたんだと思っていたんだけど、そうではなくて本当にやれなかったんだと今更気づいたのだ。
どんなに現地語が上達しても、どんなにそこの生活習慣になれても、いやむしろ慣れれば慣れるほど、部分的に日本人としてのアイデンティティが強くなるように、どこにても私の中ではそこに染まりきれない、100%はそこにいない自分が居たように思う。よく言えば場所に依存していなかったんだろう。悪く言えば馴染めなかったのだ。

付和雷同の精神が根強い日本では、仲間内であれ学校であれ部活であれ会社であれ、ある種そこに染まることを要求されることが少なくない。そして私はそれができなかった。でもね、一見上手に染まっているように見える人たちだって、別に100%染まっているわけではないのだと思う。内面にはそれぞれの世界があるんだろうし、それがどんなものかなんて他人にはわからない。むしろそういう人は使い分けが上手なのかもしれない。そして私はそれが下手なのだ。

つまり私は、浮いた器用貧乏。なんか寂し気だけどちょっと笑える。
でもこんな私を浮いた存在としてではなく、対等に見てくれる数少ない友人や家族がいてくれるんだから、幸せ者だと思う。


浮いた器用貧乏から浮いてるあなたへ

もしも今、あなたが周りに馴染めずに辛い思いをしているとしても、どうか仲間外れになることを恐れないでください。一人でいることを怖がらないでください。一人でちゃんと立っていれば、いつか必ずやっぱり一人でちゃんと立っている人々と出会えるしつながれますから。

2013年6月4日

アレルギー

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小学生くらいの時だっただろうか。
友達の家の木に登ってみんなでさくらんぼを食べていた。おいしくってたくさん食べたら突然気持ち悪くなって、それ以降さくらんぼが食べられなくなった。あのほのかな甘味が口の中で温められて、それが吐き気をもよおすようになってしまった。きっかけは覚えていないけどりんごも同じ。ある時から口に残った甘味が気持ち悪くなって、しかも食べると唇が腫れるようになった。
家族は考えすぎだといいりんごは体にいいから食べなさいといわれ続けたし、自分でも甘味が苦手になっただけなのかなと思ったけど、他にもいちごとか桃とか甘味のあるフルーツは苦手になってしまった。あんなに好きだったのに。

そして今回の一時帰国中、おいしそうなビワを一つ食べたら喉と鼻の奥が腫れて声がガラガラ、咳が止まらなくなってしまった。呼吸困難になるかと思った。義理の兄がキウイアレルギーで食べたら死ぬっていつもいっていて大袈裟なって思っていたけど、今回の症状を経験するとありえるかもと思い直した。本当に息が苦しくなるんです。こういう症状は妊娠中にキウイとナッツで経験して以来。あまりの症状の強さにビックリして調べたら、なんとあるんですね、そういうアレルギーが。

口腔アレルギー症候群というらしい。バラ科の果物はなりやすいそうで、例えばリンゴ、モモ、サクランボ、洋ナシ、ナシ、スモモ、アンズ、イチゴ、ウメ、ビワ!!!なんと今までの人生のあちこちで違和感を覚えた食べ物たちは、実はみんなバラ科の植物だったのですね。一本の線でつながるとはまさにこのこと。


花粉症もあるけど何花粉に反応するのかは調べてないので分からない。でもフランスでもあるので杉だけじゃないのかも。
結局治ることはなさそうだけど、今のところウリ科の果物にはアレルギー反応が出ないだけましだと思うべきなんだろうか。きゅうりやメロンまで食べられなくなったら残念すぎる。
ちなみに色んなサイトにある通り、生のりんごはダメですがコンポートやジュース、ジャムは問題ないです。いちごもケーキとかに乗っているのは大丈夫。量の問題?あるいは新鮮さの問題?とにかくあまり大量に食べるとさらに反応しやすくなるみたいなので、少なく味わって生きていくしかなさそうです。

2013年6月4日

逃げた

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最近我が家では脱走が後を断たない。

犯人は主に新入りのハイディさん。

今の家は裏庭から家の横を通って表庭までいけるようになっていて、かつ家のガレージ部分には門が付いていないので、庭に出ているときに油断すると勝手に道路や人の家の庭に行っていたりする。今朝は来客中玄関ステップに出ていて、玄関そのものが2階だし下が見える階段は怖がって降りられないから大丈夫だと思っていたら、来客が終わってから探してもハイディがいなくて、道路に行って呼んだら3軒くらい隣の庭から戻ってきた。

じき引っ越す家は家が両隣の家とくっついているので裏庭からは出られないし、表庭もゲートが付いているので道路にも出られない。からまあもうしばらくの辛抱。と思っていたら、昨日はなんとコブが大脱走した。私と旦那で壁紙はがしたりヒビの修繕してる間、義母にも来てもらって庭で子供を見てもらっていたのだけど、上下好きに遊び回っていたコブがふと気づいたら見当たらなくて、家中探してもいない。慌てて外に出ても静かな住宅街で特に人もおらず。でも家の中にいない以上外にいるはずだと探しに出ると、通りの向こうから知らないおじさんに連れられてくる見慣れた子供が・・・。本人は義母がいなくなったっと思って探しにいったらしい。2本向こうの通りで親切なおじさんが声をかけてくれて、家まで連れて来てくれた。家を聞かれてちゃんと連れてきてもらっていたので本人はまったく迷ってはいなかったのだろうけど、こっちは生きた心地がしなかったよ。

子供ってこっちの想像を超えた思考をするのだと久々に痛感。気を付けるっていってもその発想がなかったよっていう感じ。でもとにかく大事に至らなくてよかった。甥っ子の同級生で勝手に電車に乗って何駅か先で保護された幼稚園児がいたけど、ほんと他人事じゃないな。

話は変わりますがコブの備忘録。先月の一時帰国でたっくさん日本語を吸収してきたコブさん。一人遊びももっぱら日本語。ただし甥っ子から覚えたので一人称は「おれ」、二人称は「おまえ」。たった3週間弱の滞在だったけど、ただ私がいう単語を覚えるだけでなく、自分でフレーズを作れるようになったのにはビックリ。やっぱり言葉のシャワーを浴びるのって大事なんだな。
あと色々歌を覚えました。トトロの「あるこう」は一時帰国前から好きだったけど、今は1番の歌詞はほとんど歌えるようになった。でも「かさみち とんでる くさっぱら」になってしまう。
音楽絵本で覚えたのは「はとぽっぽ」と「大きなくりの木の下で」。こちらもどうしても直らない。頑固な性格ゆえ。
「大きなきゅうりの木の下で あななと私 楽しくあそびましょう」というかなりサイケデリックな歌になります。ちなみにananasは仏語でパイナップルです。

ラムさんは16ヶ月を目前にようやく歩き出しました。

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