The Illusionist(2006)

エドワードノートンはすごい。この人は、特別かっこいいってわけでもなく、癖のある顔をしているわけでもなく、それなのにどんな役でもこなしてしまう。初めてエドワードノートンを見たのは「真実の行方」。このとき既にリチャードギアを食っていた。当時はリチャードギアが出てるからこの映画を見たわけだけど、見終わった後に残るのはエドワードノートンでした。
それ以来、「アメリカンヒストリーX」とか「ぼくたちのアナバナナ」とか、相変わらず枠に縛られない色んな役をこなしているようで、どれをみても面白いんだな、これがまた。彼が出ているってだけでおそらく失敗はないだろうと思わせてくれる数少ない俳優。ジョニーデップとか浅野忠信とかに近いかな。とにかく私たち夫婦の中では彼が出ている映画は要チェックなわけです。

んで前置きが長くなりましたが、DVDで見ました。”The Illusionist”。

The Illusionist

面白い。引き込まれてしまう世界です。見終わって思い出したのは”The Sixth Sense”。最後まで物語の向かう方向が分からないのです。というかどっかに向かっているように見えるけどゴールが見えないというべきか。そしてまたエドワードノートンの演技が見事です。”The Sixth Sense”同様、見終わってからもう一度見たくなる映画でした。

ところがどっこい日本では公開されていないのね!?ということでIMDbのリンクを貼っておきます。是非なんとかして見てください。

Skypeが

今朝いつも通り録画しておいたニュースを見ようと思ってテレビ(につながっているパソコン)を起こしたら、スカイプがオフラインになっている。おかしいなあと思って何度もオンラインにしてみるけど反応無し。これはネットワークの問題かしらということでブラウザを起動してみると何も問題ない。んじゃアップデートってことで最新版にして、それでもまだオフラインマークはそのまんま。

う〜。別に誰に電話したいわけでもないんですが、気になるんですよねこういうの。そして分かるまで調べてしまうのよね。そして今日の予定がずれていく・・・。

んで分からなすぎてネットで調べたらこんな情報に行き着きました。
skype is down
ようはスカイプの会社の方で問題があるらしいです。
なんだよぉ。こっちのせいじゃないんじゃん。

私にとっては日本の家族と無料でテレビ電話出来る素晴らしいツールっていうだけなので、今すぐつながらなくても問題はないのだけど、私が知っている幾つかの会社では、社内連絡もSkypeだったり、支社同士の合同会議もSkype使ってるところもあったので、そういうところにはビックリニュースでしょうね。ま、どのくらい続くかの問題だけどね。

さ、朝のニュース見よ。

Billy

っていってもアリーのビリーじゃなくて(古い?)。

最近ハマっているもの。Billy Joel。
“The Stranger”だけは父が持っていたので、小さい頃から聴いてはいたのだけれど、実はそれ以外のアルバムはほとんど知らなかった。そしてアメリカに来る前に色々CD集めまくっていた時期に彼のベストを手に入れて、でもそれからしばらくはあんまり聴いてなかった。多分一度日本に里帰りした時の飛行機の中でそのアルバムを聴いて、ハマってしまった。なににって、桑田さんと同じ匂いがする。っていうとどちらのファンからも顰蹙を買うのかしら・・・。
でも本当に同じ匂いなんですよ。良い意味でなんでもやってしまう、特にスタイルがないところとか、絶対ビートルズ聴いてるんだろうなぁってとことか、ジョンとポール混ざってるなぁってとことか。あとブラックミュージックに憧れているんだなってところも。桑田さんといっても最近のではなく、初期の頃ですが。そうそう、あとは身近なことを歌にしてしまう辺り。桑田さんも初期の頃の作品は、これ君たちじゃんっていう歌詞がそこかしこにあって、それがまたファンにはたまらないのですが、Billy Joelも自分の経験とか、身近なことを歌にしているようで、離婚再婚と繰り返すたびにお蔵入りの曲が出来てしまうんだとか・笑。
んでつい最近、旦那がBilly Joelのアルバムを大量に手に入れてきたので、最近は一日中Billy Joel。色んな曲があるから飽きないんだ。これもサザンと同じ。んで聴けば聴く程深くハマり、ネットサーチしたりしていたら、こんなPVを発見。名作ですね。

というわけで、ただのファンの戯言にしかなっていませんが、とにかくいいので皆さんも是非聴いてみてください。

pastime

時間を過ごす=娯楽
ということで、なんとも語源が明確なこの言葉、初めて辞書で見た時から大好きなのだ。それはもう10年近く前になってしまうのか。そんで10年近くもこの言葉を知っていたんだけど、この前Wilburに行って初めて時間を過ごすから娯楽なんだと実感した。

どういうことかというと、前のエントリでも書いたようにWilburは自家発電で携帯も通じず、当然テレビもラジオもない。インターネットなんてどこの世界の話。んでそういう場所にふといると、時間を過ごすために本を読んだり、音楽を奏でたり、あるいは散歩したり、話し込んだりする。
やっていることは別に普段とそんなに変わらない。じゃあ何が違うかというと、普段の生活でこういうことやるのは、時間を過ごすためじゃなくて、暇が見つかった時だということ。寝る前にちょっと本を読むとか、日曜の午後散歩するとか、ルーティーンになっているものもあるだろうし、そうじゃなくてほんとにちょっと時間が出来たからやることもあるだろう。でもとにかく時間が目の前に広がっていて、じゃあ何をして過ごそうかなぁと考えたことは、多分ほとんどなかったように思う。ま、あったのかもしれないけど、今回改めて普段はそういうふうに考えることは少ないと思ったのだ。

私たちの普段いる場所って「やること」に溢れている。あくまで時間があってそこから何をするか選ぶのがpastimeなのに、逆に娯楽のための時間を作らなくてはいけなかったりする。

あるいは情報がありすぎるのかもしれない。私たちは何年も先のことまで結構予定が決まっていたりする。いや、実は何も確実に決まってなんかいないんだ(明日死ぬかもしれないし)。でもそう言っていては今の社会では生きていけないんだろう。それは社会のレールだったり自分のキャリアだったり色々あるだろうけど、結局そういう長いスパンの枠が決まってしまっていると、目の前に時間が広がっているってことがなくなってしまうのかもしれない。

Wilburみたいな場所に行って初めて、ポーカーやチェスや日本だったら囲碁や将棋が、なぜ昔の話に登場するのかよく分かる。他にやることがないのだ。バカにしてるんじゃなく、ただ純粋な意味でね。だから演劇とか見世物とか、発展したんだなぁと思って。そういう時代だったら日本のお祭りや花火大会もまた違う意味を持っていたんだろう。

その昔、人間には過ごすための時間なんかなくて、ただ生きていくだけだった。それが農耕をきっかけに集団で定住するようになって、自分で過ごせる時間が生まれた。そして文化が発達し、それは何十世紀にも渡って進化して、今の多種多様なものになった。そんな話を、この間小学生用のテキストで読んだ。

時間があるときにやれることの選択肢が豊富な私たちは恵まれている。だけど、どれだけ素敵な娯楽でも、時間を過ごすことが出来ないんだったらそれは本当のpastimeじゃないのかもしれない。暇を見つけてわざわざどこかに出かけて行列に並ぶ。わざわざ休みを取って、さらにお金を払ってなにかをする。

決して否定しているわけではなくて(私も今回のWilburはお金払ってるし)、ただそういう疑問が今回の休暇をきっかけに頭の中にどーんと横たわっている今日この頃なわけです。やっぱり現代人は忙しすぎるんだろうな。早くフランスに引っ越そう・笑。

温泉旅行

私の束の間の夏休み。旦那は平日仕事なので、結局そんなにバカンスってわけにもいかないのだけど、せめて週末ぐらいちょっと遠出をしようということで、行ってきました温泉に。

私たちが行ったのはWilbur Hotspringsという由緒正しい温泉地。水は草津にも負けない程の硫黄臭で、色は綺麗な緑色でした。混浴の露天風呂は3つあって、一番熱いのが44℃。日本人には普通の温度ですが、でもまあぬるくはないので満足です。ここは水着がオプショナルなので、最初ちょっと不安だったのですが、周りの人達があんまりにも普通に裸で歩き回っていて、なんの抵抗もなく夫婦揃って混浴デビューしてしまいました。よくよく考えたら夫婦で温泉に行っても混浴じゃなきゃ別々に入るわけで、それってなんかつまらない。日本だと宿に家族風呂とかがあったりするんだけど、さすがにアメリカでは珍しい(でもシカモア温泉にはあるらしい)わけで、だとしたらこの選択は結構良かったなぁと後になって思いました。

北カリフォルニアの温泉をいくつか探して気付いたのは、どれもこれもスピリチュアルとかヨガとかマッサージとかが必ずかいてあること。中には宿がコミュニティで月単位のステイのみとかもあった・笑。ということで、こちらではまだまだ温泉というのは日常というよりも、ヒーリングのために行くものらしいです。そして今回訪れたWilburも例に漏れずそうでした。
まずお風呂エリアの中で喋っていい場所といけない場所がある。例えば3つの浴槽は”Quiet Area”と書いてあって、基本的には喋ってはダメなのです。ま、小声でちょっと話しても誰も目くじらたてたりはしないと思うけどね。そしてそのエリアのあちこちに仏像みたいな石像とか、人の顔が彫られた石とか、民族っぽいお面とかが飾られていました。そしてそのエリアからさらに上に登ったところには眺めの良いヨガデッキ。今回は一泊だったのでやってませんが、あそこでヨガやったら気持ち良さそう。
そんな感じで非日常であるということが日本以上に大事みたいで、そのせいかお値段も結構します。それでもそのおかげでばか騒ぎするようなヒッピー集団はいないので、逆にお客さんの層はとても良かったです。

さてこのWilburのもう一つの特徴は、電気はソーラー発電のみで、さらに携帯の電波が届かない。もちろん部屋にはテレビもラジオもなくて、天井のランプはつけてもロウソク並みにしか明るくなく、むしろ手元の電球の方が役に立つくらい。
これは、聞くだけだとえっ?って思うかもしれないけど、実際に行ってみるととてもいい。おそらくは意図的にキッチン以外には時計がなくて、今何時なのかなんて気にしないし考えもしないですごせる。電話ももちろんなくて(フロントに一つと外に公衆電話がある)携帯も入らないから、誰かの電話の呼び出し音とか喋ってる大声が耳に障ることもない。置いてあるアコースティックの楽器は自由に弾いて良くて、歌っている人やピアノやギター弾いてる人もいた。そしてだからこそどのレビューにも、本をもってけとか、自分で楽しめない人は行かない方が良いとかって書いてある。ということで、そういう人にはお勧めです。

そしてさらに独特なのは完全自炊。調理器具と食器とスパイスはあるんだけど、それ以外は全てオイルからビネガーから野菜、肉、パスタとかまで、自分でもっていかないといけない。私たちは一泊だけだったし、そもそもアイスボックスをもっていないので、乾物(パスタとか)で済ませてしまったのだけど、他の人達はそれは見事な料理を作っていた。ちょっと分けて欲しいくらいでした。みんなおっきなアイスボックスいっぱいに食べ物を詰めてもってきていて、すごかったです。
これまた賛否両論あるようで、どちらの言い分も分かる気がするのですが、私としては一番近いお店が車で30分(しかもそのうち5マイルは舗装されてない道路)なので、作らないという選択肢もあっても良いのかなぁと思いました。事前に予約とかすればってことね。

宿自体はこじんまりしたクラシックな家で、宿というよりも誰かの家って感じです。トイレも共同だし、鍵も中からしかかけられない。そのくらい無防備な生活。なんだか旦那のおばあちゃん家に泊まった時とかを思い出した。本当に誰かの家に泊めてもらっている感じでした。
それでもだから皆が過干渉かと言えばそんなことは全然なく、むしろみんなちゃんと距離を置いてくれる。目が合えば微笑むけど、それ以上話すってこともあんまりないし、普段のアメリカ生活のように突然話しかけられることもここではゼロ。私にはそれが気持ちよかった。

次回はせめて2、3泊はしようと思います。そして時間もパソコンも電話も忘れて、ピアノとギター弾いて、マッサージしてもらって、ヨガして、温泉に入るんだ!

ロボット出動!

無断転載を禁じますって書いてあるので転載はしませんが、こちらで宣伝。

この前の新潟の地震で瓦礫の山となっているところの片付けに、なんとロボットが出動したそうな。

遠隔操作でがれき除去、レスキューロボット初出動…柏崎市

この写真がまた、なんだか期待通りっていうか、手塚治虫の世界がついに現実になったんだなぁって感じで、わくわくしてしまった。

立花隆がNHKのサイボーグの特集の中で、戦争以外の目的でロボットを開発・研究しているのは日本だけだと言っていたけれど、本当にそうなんだなぁと思った。アメリカなんてイラクではたくさんロボット使っているみたいだけど、アメリカ本土では全然見ない。ま、日本が天災国家だからこそなんだとは思うのだけど。

戦争とか金儲けじゃない目的で技術が進歩しているなんて、日本もまだまだ捨てたもんじゃないよねと思います。どうか金儲け主義、さらには金儲けのための戦争をするような国には成り下がらないでもらいたい。人の命を犠牲にしてお金を儲けたり、人々の安全が危ないとか脅して支持を集めたり、誰かのためだとそそのかして若者を死なせたりする国にはならないようにしないといけない。