ハンドミル

フランスに行ってもチュニジアに行っても、原産国のブラジルに行ってさえも、手挽きのコーヒーミルを見つけることはなかなか難しい。日本ほど、「豆を買ってきて自分で挽く」っていうのが浸透している国は他にないように思います。

アメリカももちろん例に漏れず、店頭で見つけられるのは電動ミルのみ。電動は摩擦熱で香りが飛んでしまうって聞いたので、やっぱり手でやりたいなぁと思ってようやくAmazonで見つけて購入したのだけれど、おそらくは飾り用?って感じでとても使いづらいものだった。ので結局挽いてあるものを買ってくるようになってしまっていた今日この頃。

ところが週末、お気に入りのLos Altoのダウンタウンを散策していたら、なにやらオシャレなコーヒーショップを発見!これはもしやと思い入ってみると、あるじゃないですかハンドミル!しかもKalita。
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お値段は日本での倍くらいだったんだけど、でもまあ何度日本に行き来しても荷物に空きがあったことがないので、これは安い投資だと思って買ってしまいました。

しかも話してみたら店員さんは日本人!ご主人がアメリカ人なんだけど、皆でかなり長く日本に住んでいたそうで、旦那さんも日本語が話せる。お店での立ち話ながら、色んなお話が出来て楽しい時間でした。

そしてそこでローストしている豆も買ってきたんですが、今日早速挽いて飲んでみたら、香りが良くって美味しかったです。これからもちょくちょくお世話になりそう。

しかもこの豆、Organic・Fair Trade・Shade Grown・Bird Friendlyな代物。最初の二つは結構良く聞くけど、うしろ二つは私は初耳。Shade Grownとは熱帯雨林を伐採してコーヒーしかない畑を作るのではなくて、木々を残して元の生態系を維持しながらコーヒー豆の栽培を行う方法らしい。Permacultureとかにはまりつつある私としては、とても興味をそそられるものです。

とまあそんなわけでEaster Sundayにも休まず美味しいコーヒーを入れてくれる素敵なお店です。
Mr. English

彼女に会った

夢で、妹犬に会った。
実家に人が集まっていて、皆が出かけてしまうんだけど、私とトトだけお留守番。
でもこれからもこうやってトトと過ごせるんだねって思って嬉しくて号泣して目が覚めた。

先日母がトトの夢を見たと言っていて、そういえばそろそろ四十九日だと言っていた。
犬に対してこういう風に書くのは飼っていない人からすれば滑稽なんだろうけど、
毎日を一緒に過ごしているという意味では人間と変わらない家族だから、本人達はいたって真剣なのだ。
四十九日って聞いたことはあるけどなんなのか良く知らなくて、色々ネットで見ていたらこんなものに行き当たった。

四十九日のもつ意味

昔の人達の知恵なんだなぁと思った。
七日ごとに様子は見に行くけれど、それ以外の日はそっとしておく。
こんなに素晴らしい配慮があるだろうか。

別れを受け入れる過程は個人的なものだし、長さもプロセスも千差万別だとは思うけど、四十九日っていうのはとりあえずの区切りみたいになっているのだろうか。
四十九日を明日に控えて(日本では今日だけど)、少なくとも私は初めて彼女と再び会うことが出来たし、母も数日前に抱きしめたらしい。
それを魂が訪ねてくれたと考えるか、自分の心が見せたと考えるかは、解釈が分かれるところだと思うけど、私としてはどっちでもいい。いなくなったことが信じられないからこそ、夢でさえ会うことが出来なかった相手が、やっと出てきてくれた。それだけで十分。自分のエゴがそれを生み出したんだとしても、構わない。

海外にいて、トトがいない生活をほとんど味わっていないせいもあって、まだ実感が湧かないというのも事実だけど、昨日の夢のように、少しずつ私の中で整理がついてきているのだろう。忘れるわけじゃなくて、ちょっとの涙とたくさんの笑顔で、いつも彼女のことを思い出せるように。

アメリカ化する日本

「おしゃぶり」提訴和解

おしゃぶりの使い過ぎが歯並びに悪いって、
母親じゃなくても知ってるような情報じゃないんだろうか。
自分の無知が引き起こしたことなのに人を責めるってどうなのよ。

自分の準備や下調べが甘かったのに、なにか起こると人のせいにする。
自分の落ち度は認めずに、おおげさに訴えて騒ぎにする。

そういう人は沢山いると思うけど、母親が自分の子供に関してこれでいいんだろうか。
添加物とか農薬使った食材を目一杯食べさせて、何か影響が出てきてから
パッケージには書いてなかったって訴えるんでしょうか。

まるでアメリカ。
どんなに便利なものにも必ず弊害はあるわけで、
それは自分で調べた上で自分で決めるべき。
書いてあることが全てだなんて夢物語でしょ。
書いてなければ何やっても良いわけじゃないし、
そんなこといったら、注意書きがどれだけ長くても足りない。

アメリカで、洗った猫を電子レンジで乾かそうとして殺しちゃった人が
電子レンジ会社に勝訴したって話を聞いて、
アメリカって無茶苦茶だよねぇって言ってたのに、
これじゃあ日本も何も変わらないですね。

日本人も「すみませんでした」とか言わなくなって
「私のせいではありません」が代名詞になる日も近いのだろうか。

ま、勝訴ではなく和解だったので、
この原告側の意図がどこにあったのかは不明だけど、
それにしても後味の悪いニュースだなぁ。

人と会う

先週末、かなり久しぶりに友達が家に遊びにきてくれた。
思い返してみると、仕事が本格的に始まってからは、
誰かを家に呼ぶこともなくなって、
そのまま引越に突入してしまったので、かれこれ数ヶ月ぶりかもしれない。
それがどうってことない人もいるんだろうけど、
日本にいたときはほぼ毎週家で誰かと集まっていた私には驚きの事実だった。

久しぶりのゲストだったのに土曜仕事なので
あまり手をかけた料理も用意できず。
でも焼きたてのパンと美味しいチーズ達、
ゲストが持参してくれた食べ物や飲み物もあり、
とても美味しい食卓を囲むことが出来た。
まだ9ヶ月のお子さんも一緒だったので、
お昼寝の時間に合わせて夕方にはお開きになったんだけれど、
たったの3時間くらいだったけど、とっても楽しくって、
なんだか人に会うってこんなに楽しくって
リフレッシュできる事だったんだと改めて実感。
Tさん一家に感謝です。

今年の目標はアクティブにって言ってたのに、
引越やら妹犬のことやらで引きこもりがちだった今日この頃。
少し遅めのスタートですが、人と会い、一緒に時を過ごして、
色々なことを体験できる年にしようと思いを新たにしています。

夢の役割

パプリカをみた。
期待していなかったせいもあるけど、すごく良かった。
東京ゴッドファーザーズもそうだったけど、すごく現実離れしているようでリアルな感じ。
想像していたよりもグロテスクでなくてよかった。

そんな映画を見たせいか、幾晩か続けて夢を見た。
というか、見た夢が、醒めた後も記憶に残っていた。
夢って自分の心に在ることを、良いことも悪いことも映し出すように思う。

妹犬が旅立ってから数週間後に、実家の夢を見た。
そこは薄暗くて、父と母が泣いていた。
亡くなった妹を想って、泣いていた。
夢から醒めたら、あまりの悲しさに涙が止まらなかった。

予言とか暗示とか言い出すつもりはないけれど、
それはやっぱり心の叫びだった。

心の叫びは叫びにしかならないし、
心の悲しみは悲しみにしかならない。
だからこそ、そのままの形で出してあげなくては。

そう思って行動した。
そしたら心が落ち着いた。

もう一つは教訓的な夢。
大切な人が私の軽はずみな行為のせいで傷つけられそうになる。
私は自他ともに認めるわがままではあるけれど、
それでも、その人をそんな風に傷つけてしまうようなことだけは
してはなるまいと、目覚めてから思った。

いつかきっと、この夢に感謝する日が来るような気がする。