選挙

オバマが大統領になった。
オバマがアメリカで初めての非白人大統領になったというのは事実。だけど、肌が黒かったから当選したわけじゃない。オバマ本人も選挙戦の中で人種については絶対に触れなかった。オバマだからできたこと。
だけど同時に、新しく選ばれた大統領が白人ではなくケニア人とアメリカ人のハーフで、黒い肌を持つ人間だったことは、この国にとってあまりにも大きすぎる出来事だ。アメリカにおける黒人の歴史を、映画やドキュメンタリーで見てはいても、実際にそれがどういう影響を今持っているのか、実感できることは少ない。特にベイエリアは黒人の住み分けが湾を隔てていて、正直こちらに来てからあまり黒人を多く見かけない。そんな中、昨日の”The View”という番組の中での黒人の司会者の発言が印象的だった。
“The View”はウーピー・ゴールドバーグをはじめ、バーバラ・ウォルターズ等、人種、思想、年代的にも多様な面々が時事問題についておしゃべりをする番組だ。支持政党も分かれており、今回の選挙戦中は番組も随分ヒートアップした。司会者の一人、黒人女性のシェリは、どちらの主張にもそれぞれ共感できるところがあると言って最後の最後までどちらに投票するかを決めかねずにいた。彼女は結局オバマに投票したそうだが、そのことについて話そうとして、彼女は泣き出しながらこう言った。「私がハリウッドで女優になりたいと言ったとき、両親は郵便局に勤めなさい、この国では黒人には出来ることと出来ないことがある、ハリウッドでは黒人は働けないと言った。昨日の夜、自分の息子を見ながら、この子にはそういう人種ゆえの限界があると言わなくていいんだと分かった。限界なんてないって言うことが出来ると。」
正直これを見るまで、「黒人大統領」という言葉をあまり好意的に見ることが出来なかったし、何よりもパウエルが発言した通り「黒人だからオバマを支持するのではなく、オバマだから支持する」という風にならないといけないと私も思っていた。今回オバマに投票した人の中に、黒人なら誰でも良いと思って投票した人が多くいたとは思わない。だけど両者を比較したときに、彼が黒い肌を持つ人間であるということが一つの要素として加わっていた人は結構いるのではないかと思うのだ。そういう思いもあって、アメリカはもちろん、日本の報道で「黒人大統領」が連発されるのを見て、なんだか複雑な気分になった。でも先ほどの発言を聞いて、そんなきれいごとではないのだということが、納得できた。今回の大統領選の結果には二つの側面があるのだ。一つはヒラリーに対しても、マケインに対しても、かなりのハンデを負って選挙戦をスタートしたバラクオバマという人物が当選したこと。そしてもう一つは、黒い肌を持つ人間がアメリカの大統領になったということ。そして人によっては前者より後者の方がより大きな意味を持つこともあるというのは、充分に理解できることなのだと思ったのだ。
今回の選挙を受けて、アメリカンドリームの国、誰にでもチャンスがある国アメリカという思いを、国民が強く意識したという。これによって愛国心がさらに強くなる人々もいるだろう。それが良いことなのかどうか、私にはよく分からないけれど、歴史の流れの中での、大きな一歩であったことは確かなんだろうと思う。今までの8年間に嫌気がさしていたからこそ、オバマに対する支持があそこまで上がったという指摘もあった。決して楽観視できる情勢ではないけれど、アメリカがどんな方向に進んでいくのか、見るのが楽しみではある。

残念な選挙

大統領選と同時に、様々な法案が住民投票にかけられた。こちらでは(特にカリフォルニアは)何から何まで住民投票にかける。それが民主主義だという主張も分かるけど、州の法案だけで10個以上あって、さらにそれぞれの街ごとのものもあって、果たして人々がどれだけリサーチして自分の意見を投票してるのか、それが本当の民主主義なのかよく分からない。一番よく分からないのは”Vote NO on Prop××”とか”Vote YES on Prop××”の類いのCM。どちらもたかだ30秒でその法案の善し悪しを伝えることなんか出来るはずないのに、人々の心につけ込もうとする意図丸見えのCMばかりなのだ。それを見るたびに、民主主義の意義を考えてしまう。
で、今回カリフォルニアで最も話題になったのがProp8。しばらく前にカリフォルニアの裁判所が合憲と認めた同性婚を禁止するための法案だ。そして残念ながらこの法案は通ってしまった。合憲との裁判所の判決があるので、同性婚賛成派は裁判を起こすそうだけれど、投票した人の半分以上の人が同性婚はダメと言ったんだと思うと悲しい。
私は同性愛っていうのは自分で選ぶものではなくて、その人の性質というか、自分の意志とは関係ないところで決まってしまうものなんだと思う。以前自分もゲイになり得ると思うかと聞かれて、考えたときの答えは「好きになった人がたまたま同性なら、なる」というものだった。私自身はそういう経験はないけれど、それはたまたま好きになった人が外国人で国際結婚をした自分と似ている気がしたのだ。国際結婚はもちろん結婚できるし、人権侵害というほどのハードルはないけれど、戸籍とか国籍とか偏見とかで、やはり日本人同士だったらなかったであろう問題にぶつかることもある。私は外国人と結婚したいと思っていたわけではなくて、好きになった人がたまたま外国人だったのだ。だからそれと同じ意味で、好きになった人がたまたま同性だったってことは充分にあり得ると思う。でも私のその返答はかなり風変わりなものと受け取られた。
私が今回の投票結果を見て残念に思うのは、おそらくは未知のものに対する恐怖心から、自分に迷惑がかかるわけではないのにNOを選んだ人が多かっただろうと思うからだ。ゲイが結婚できて迷惑する人なんているんだろうか。反対派の主張は「伝統的な家族を守る」とか「宗教の自由を」とかだったけど、ゲイの家族が出来たからってどうして異性カップルの家族が脅かされるのか分からないし、好きな宗教を信じるのは勝手で、なぜ彼らの意思の自由は認められないのかっていうのが不思議だ。何よりも不快だったのは、「Prop8が通らなければ、小学校で子供が同性婚について教えられることになる」というCM。しかもそれをさも脅威のように煽り立てているのだ。
自分自身もひょんなことから同性を好きになる日が来るかもしれない。自分には来なくても、自分の子供や親戚で、そういう経験をする人が出てくるかもしれない。その時に願うのは、人に迷惑をかけることなく幸せになって欲しいということだと思う。婚姻関係を結べなければ、遺産は家族に取られてしまうし、本人の意思表示ができない場合の医療的選択をすることも許されない。サンフランシスコのゲイを見ていて思うのは、彼らは声高にゲイであることとかゲイの権利とかを主張したいわけではなくて、ただ単に平穏な日常生活を、お互いを頼れる老後生活を求めているんだということ。婚姻という言葉にこだわる人が多いのであれば、Civil UnionをフランスのPACSのようなものにすることも一つの方法だと思う。どういう形が一番良いのか、私にはわからないけれど、ゲイを認めず、彼らのパートナーとしての権利も認めず、直視しようとしないのは、決していい結果にはつながらないはずだ。ゲイカップルの子供の問題も、私たちが目を背けている間にどんどん実際に誕生しているわけだし、目をそらすのではなく、お互いの妥協点を探していくことが、何より大切なんだと思う。無知は恐怖しか生まないのだ。