アレルギー

小学生くらいの時だっただろうか。
友達の家の木に登ってみんなでさくらんぼを食べていた。おいしくってたくさん食べたら突然気持ち悪くなって、それ以降さくらんぼが食べられなくなった。あのほのかな甘味が口の中で温められて、それが吐き気をもよおすようになってしまった。きっかけは覚えていないけどりんごも同じ。ある時から口に残った甘味が気持ち悪くなって、しかも食べると唇が腫れるようになった。
家族は考えすぎだといいりんごは体にいいから食べなさいといわれ続けたし、自分でも甘味が苦手になっただけなのかなと思ったけど、他にもいちごとか桃とか甘味のあるフルーツは苦手になってしまった。あんなに好きだったのに。

そして今回の一時帰国中、おいしそうなビワを一つ食べたら喉と鼻の奥が腫れて声がガラガラ、咳が止まらなくなってしまった。呼吸困難になるかと思った。義理の兄がキウイアレルギーで食べたら死ぬっていつもいっていて大袈裟なって思っていたけど、今回の症状を経験するとありえるかもと思い直した。本当に息が苦しくなるんです。こういう症状は妊娠中にキウイとナッツで経験して以来。あまりの症状の強さにビックリして調べたら、なんとあるんですね、そういうアレルギーが。

口腔アレルギー症候群というらしい。バラ科の果物はなりやすいそうで、例えばリンゴ、モモ、サクランボ、洋ナシ、ナシ、スモモ、アンズ、イチゴ、ウメ、ビワ!!!なんと今までの人生のあちこちで違和感を覚えた食べ物たちは、実はみんなバラ科の植物だったのですね。一本の線でつながるとはまさにこのこと。

花粉症もあるけど何花粉に反応するのかは調べてないので分からない。でもフランスでもあるので杉だけじゃないのかも。
結局治ることはなさそうだけど、今のところウリ科の果物にはアレルギー反応が出ないだけましだと思うべきなんだろうか。きゅうりやメロンまで食べられなくなったら残念すぎる。
ちなみに色んなサイトにある通り、生のりんごはダメですがコンポートやジュース、ジャムは問題ないです。いちごもケーキとかに乗っているのは大丈夫。量の問題?あるいは新鮮さの問題?とにかくあまり大量に食べるとさらに反応しやすくなるみたいなので、少なく味わって生きていくしかなさそうです。

逃げた

最近我が家では脱走が後を断たない。

犯人は主に新入りのハイディさん。

Heidi

今の家は裏庭から家の横を通って表庭までいけるようになっていて、かつ家のガレージ部分には門が付いていないので、庭に出ているときに油断すると勝手に道路や人の家の庭に行っていたりする。今朝は来客中玄関ステップに出ていて、玄関そのものが2階だし下が見える階段は怖がって降りられないから大丈夫だと思っていたら、来客が終わってから探してもハイディがいなくて、道路に行って呼んだら3軒くらい隣の庭から戻ってきた。

じき引っ越す家は家が両隣の家とくっついているので裏庭からは出られないし、表庭もゲートが付いているので道路にも出られない。からまあもうしばらくの辛抱。と思っていたら、昨日はなんとコブが大脱走した。私と旦那で壁紙はがしたりヒビの修繕してる間、義母にも来てもらって庭で子供を見てもらっていたのだけど、上下好きに遊び回っていたコブがふと気づいたら見当たらなくて、家中探してもいない。慌てて外に出ても静かな住宅街で特に人もおらず。でも家の中にいない以上外にいるはずだと探しに出ると、通りの向こうから知らないおじさんに連れられてくる見慣れた子供が・・・。本人は義母がいなくなったっと思って探しにいったらしい。2本向こうの通りで親切なおじさんが声をかけてくれて、家まで連れて来てくれた。家を聞かれてちゃんと連れてきてもらっていたので本人はまったく迷ってはいなかったのだろうけど、こっちは生きた心地がしなかったよ。

子供ってこっちの想像を超えた思考をするのだと久々に痛感。気を付けるっていってもその発想がなかったよっていう感じ。でもとにかく大事に至らなくてよかった。甥っ子の同級生で勝手に電車に乗って何駅か先で保護された幼稚園児がいたけど、ほんと他人事じゃないな。

話は変わりますがコブの備忘録。先月の一時帰国でたっくさん日本語を吸収してきたコブさん。一人遊びももっぱら日本語。ただし甥っ子から覚えたので一人称は「おれ」、二人称は「おまえ」。たった3週間弱の滞在だったけど、ただ私がいう単語を覚えるだけでなく、自分でフレーズを作れるようになったのにはビックリ。やっぱり言葉のシャワーを浴びるのって大事なんだな。
あと色々歌を覚えました。トトロの「あるこう」は一時帰国前から好きだったけど、今は1番の歌詞はほとんど歌えるようになった。でも「かさみち とんでる くさっぱら」になってしまう。
音楽絵本で覚えたのは「はとぽっぽ」と「大きなくりの木の下で」。こちらもどうしても直らない。頑固な性格ゆえ。
「大きなきゅうりの木の下で あななと私 楽しくあそびましょう」というかなりサイケデリックな歌になります。ちなみにananasは仏語でパイナップルです。

ラムさんは16ヶ月を目前にようやく歩き出しました。

ものづくり

もともと実用的なものを作ることが好きだ。
小学校の図画工作の時間に掛け時計を作って、それを父が仕事場で使ってくれたこと。
(今思えば狭い家にはおけないから仕方なく持っていたのかもしれないが)
同じく工作の時間に作った、とにかく丈夫にとたくさん釘を打ったシェルフが未だに実家のピアノの上で生きていること。
でかい自分の手に合わせて、かつ袖口から風が入らないように袖を長めに編んだ手袋。

でも最近は、あるもので使えるものを作ることが好きになった。
DIYを極めようとするとものすごくいろんな器具とか材料が必要になるのだけど、
私はそういう凝り方はどうも向いていないらしい。
熱しやすく醒めやすいのでわざわざ買っても何度も使わないことも多い。
だから家にあるものでなんとかするのが私にはあっているみたい。
決してリサイクルとかエコなんていうメンタリティからではなくて、
単に買ってきたゴミ箱より自分で段ボールに色紙を貼ったなんちゃってゴミ箱の方が私は愛着が持てるというだけ。

あとは生活が楽になる一工夫も好き。
今日は紙袋に取っ手をつけた。
こちらの学校ではよく、子供の作品とか日記帳みたいのを大きな紙を2枚ホチキスで張り合わせた袋みたいのに入れて持ち運ぶんだけど、それが次男のベビーカーを押しながらだとすごく持ちにくい。ペラペラで形が保てないし大きいから余計。まずは紐をうまく結わいて手提げみたくできないかと頑張ったんだけど十分な長さの紐がなかったので断念。先日買ったシーツの間に入っていた厚紙をとっておいたことを思い出して一般的な紙袋みたいに厚紙で補強してから取っ手をつけた。

sac1
sac2

今の家に引っ越してからとにかく生活空間が広くなったのと、今までのようにオペラで日本食材を買えなくなったので、最近は簡単に作れる和食材を研究中。ナント市内にいけば(いや市内まで行かなくても)アジア食材店はそれなりにあるんだけど、そこは面倒くさがり屋にケチも重なってスーパーで買えるもの限定でやっている。まずは超簡単な塩鮭。大体オーシャンの冷凍切り身を買ってきて、白ワイン少しふってから重さの2%のゲランドの塩をすりこんでラップで包んで2日くらい冷蔵庫で寝かせるだけ。魚屋さんで生鮭を買ってくれば塩漬けした後で冷凍保存できるのだけど、これまた面倒くさがりなのでいつも冷凍。
それから白菜漬け。最近はオーシャンでも白菜だけでなく白大根まで売っている(アサヒビールも)!!!白菜を4つに切って半日ほど日干ししてから重さの3%の塩をすりこんで重しをして水が上がるまで2日くらい。その後昆布と鷹の爪を入れて一週間くらいまつとおいしい白菜漬けができる。もちろん漬け樽とか重石とか持っていないので段ボールとペットボトルで代用できるこちらのやり方で。箱はパンパースの空き箱(笑)、重しは牛乳6本パックとかpommpot50個入りとかその時にある重めの食材です。

hakusai

こちらは全く実用性はないのだけれどすごくかわいかったので記録。こちらに引っ越してから参加しているぷちあずきで作ったどんぐりトトロとまっくろくろすけ。修正液と油性ペンで書くのだけど親の方がすっかりハマってしまって家に帰ってからも2つ作ってしまった。

トトロ
くろ

ここ1年でハマったもの

ここ1年ほど、ブログを放置している間に私がハマっていものたちのメモ。

1.Towers N’Trolls
私が未だにスマホにしない一番の理由は、そしたら一日中携帯触って過ごしてしまうようになるからだ。だって面白いゲームやらアプリやら際限なくあるなんて恐ろしすぎる。だからまわりがアプリやゲームにハマっていても見ないように過ごしていたのだが、ついつい旦那がやってるのをちょこっとやらせてもらってしまったのが運のつき、TnTにどっぷりはまってしまった。旦那いわくお金を使わなくてもゲーム中の宝石を集めることでレベルアップができるのが他のお金かかるゲームと違っていいところらしい。簡単に言えば次々に出てくるトロールからお城を守るゲーム。トロールの進む道が決まっている(決まってないレベルもあるけど)ので、そこにうまく大砲やレーザーを設置していくというもの。設置さえすればあとは勝手にトロールを倒してくれるので、上手に配置できるとなんかすごく気持ちがいい。全部の面を難易度高いコースでプラチナ星3つにしようと奮闘していたのだけど、アップデートしたらさらに難易度の高いコースができていて正気に戻ってしまった。だからもうほとんどやっていません。

2.Game of Thrones
ラムの出産後、コブの時もお世話になった助産婦さんのところで骨盤底筋のリハビリを受けたのだけど、合計数時間に及ぶリハビリ中に交わした世間話の中で彼女が超おすすめしてくれたのがこのドラマ。SFでもあるけど中世っぽいすごくリアルなドラマだというので帰ってから早速調べて見てみたら本当に面白かった。なにってまず世界観がすごい。ロードオブザリングとかに匹敵するような作り込まれ方。さすが小説。そして助産婦さんも言っていたんだけど、アメリカのドラマにありがちな善人悪人みたいのがなくて、みんな善悪ではなく自分の思惑で動くのがまたリアルなんだな。音楽もかっこよくて2シーズンぶっ続けで見終わってからすでに数ヶ月経っているのに、我が家ではかなりの頻度で口ずさまれるテーマ曲です。あまりに面白くて2シーズン分なのに1週間ももたなかったのが逆にもったいなかったけど。シーズン3が今から非常に待ち遠しいです。

3.Ben Sidran
ある日たまたま音楽番組をみていたら、Suzanne Vegaというアメリカの歌手がでていた。”my name is Luca”という曲を歌ったんだけど、私はその曲を知らなくて、その歌詞を聞いて衝撃を受けた。その衝撃の余韻の中で出会ったのがBen Sidranでした。とにかく素敵。声がどつぼだし、ピアノもどつぼでした。世間ではジャズに分類されるらしいがAORとかにも近いような清々しさもあったりして。とにかくその知性があふれる表情とか、音楽に身を委ねるというよりも音楽が好きで仕方ないというちょっと距離を置いた感じがすごくよかった。でもテレビだったのでそのまま頭の片隅に片鱗が残るだけでした。
そしてつい数日前、いつものようにFIPを聞いていたらまあなんとも素敵な曲が流れてきた。FIPはいつだって選曲が素晴らしいんだけど、わざわざサイトで歌手名を調べるほどの人はそんなにいない。そして調べたらBen Sidranだったんですよ。といっても最初はあのテレビの人だって気づかなかったんだけどね。調べていくうちにこれは絶対あの人だ!と確信に変わり、はじめてアマゾンでMP3を買いました。ワンクリックで買えてしまうと歯止めが効かなくて恐ろしい。本当は全部大人買いしたいくらいだけど、どうせ全部は聞かないと分かっているのでとりあえずアルバム一枚購入。じっくり聞きたいと思います。

コーラス、始めました

8月下旬に今のまちに引っ越してきて、9月から地元のコーラスグループに参加しています。ブルターニュやケルト音楽、あとは海に関連のある歌を中心に歌うコーラスです。平均年齢は60歳くらい?最年少かつ唯一の外国人ですが、毎週楽しく通っています。
引越しが決まってから色々なアソシエーションをリサーチしたけど、決まったパートへのオーディションという形が一番多くて、なかなか自分の希望や都合とあう活動が見つからなかったのですが、ある日地元紙にコーラス員募集の記事がのっててそれがこのコーラスでした。オーディションはなく、だれでも入れます。
毎週水曜の夜2時間だけですが、譜面が読めない人もいるので、その中で耳コピで新しい曲を覚えていきます。これが外国人にはすごいハンデです。だってそもそも歌詞がすっと頭に入らないのにメロディも覚えなければいけないとなるともうパニック状態。ただこのコーラスではブルトン語の歌も歌うので、この時ばかりはほぼ全員が同じハンデを背負います(数名ブルトン語話せる人もいます)。みんな気さくでいい人ばかり。一緒に歌を歌うと親近感がわくものです。自分の祖父母世代の人たちとTuで会話することにも慣れてきました。
フランス語も日常会話には困らなくなってきたけど、普段は使わない語彙や単純過去みたいな時制も歌詞にはたくさんでてくるので、フランス語の勉強にも役立ちそうな予感。なにより教科書を開いて勉強するより何倍も楽しい!

日常の中で、ふと口ずさむ歌がたくさんあるのは幸せなことだと実感します。

生産性

世間より一足早く仕事が夏休みになったので、家族3人、
4月にバルセロナ郊外に引っ越してしまった元ご近所家族を訪ねた。
家族全員初スペイン。
考えてみると親戚めぐりじゃない本当の家族バカンスは初めてかも。

la mer

6月とは言ってもバルセロナは暑い。
特に昼12時頃から17時すぎまでは、気温云々というよりも
太陽光線そのものが強力過ぎてとても外にはいられない。
パリなら多少暑い日でも日陰は涼しいくらいだけど、
残念ながらバルセロナでは日陰でも風は少なかった。
お互い二歳児がいるので、当然お昼の後は毎日昼寝の時間。
スーパーとかを除いてはほとんどの店がこの時間帯閉まっているし、
なにしろ町を歩く人がとっても少なくなる。

チュニスの町を思い出す。
みんな当たり前に午後は休みだったなぁ。
最初はなんじゃそりゃと思ったけど、
毎日午前中の授業の後、燦々と照りつける太陽の下
寮までの道を歩いていると、それこそが正しい選択だとわかる。

チュニスでもバルセロナでも、だから夜は長い。
10時すぎでも普通に子供の声が路上に響いている。
早めの午前中と遅めの夜こそが、暑い国の生活時間なのだと思う。

暑さの中でこそ味わえる果物の瑞々しさや
ガスパッチョやビールや炭酸の美味しさ。
夜風の心地よさや屋外の開放感。
そういうものを家族全員、思う存分満喫してきた。

日本もすでに暑さが厳しくなっているということだけれど、
節電のためにクーラーを我慢したり弱めたりということが
結構行われているらしい。そんな中で出会った記事。

「エアコンを止めて分かったニッポンの夏の過ごし方」

生産性なんて忘れて、暑さに酔うっていうのが、
チュニスやバルセロナの人々を彷彿とさせる。
どっちにもクーラーのあるお店もお家もあったけどね。
でも基本的には自然の気候に沿って、
暑いときは休んで、涼しくなったら外に出てって
そういう味わい方をできる生活をしていたいものだ。

来週から約5年ぶりの「真夏の日本」に帰る。
暑さに酔う覚悟で3週間乗り切れるだろうか。

子育てに必要なのは他人

母親による児童虐待のニュースに対して、これだから若い母親はとか親になる資格もないなどのコメントを見聞きするたび、悲しくなる。

虐待はいけない。
でも私には他人事には思えない。

虐待を受けたことはない。ニュースに出てくるような折檻をしたこともない。
でも子どもに手をあげたことはあるし、怒鳴ったこともある。部屋に閉じ込めてしまいたいと思ったこともあるし、家において逃げてしまいたいと思ったこともある。

そういう気持ちになる度に、そういう行動に出る度に、自己嫌悪に陥ってなんてダメな母親なんだと自分を責めるんだけど、外れてまではいなくとも一度ゆるんでしまった箍をはめ直すのはとても難しい。自己嫌悪に陥っているときに子どもがわがままを言ったり泣き叫んだりしようものなら、どんどん箍は緩んでいって、行動も気持ちもエスカレートしてしまう。

私がこれまで、幸い毎回箍をはめ直してこられたのは、ただただまわりの人のおかげだ。なるべく時間通りに帰って来てくれる旦那はもちろん、Skypeしてくれる日本の家族、気さくに声をかけてくれる近所の人。そういう人との交流が、自分を子どもと二人だけの世界から引き戻してくれる。

コブが生まれてから手伝いに来てくれていた母が帰国し、日中二人の生活にやっと慣れた頃、二人きりでいるよりも他人がいたほうがコブを愛おしく思うことが多いことに気がついた。でもなんだか自分の愛情が足りないことの証のような気がして認めずにきた。でも最近になってやっと、恥じることなく認められるようになった。コブももうじき15ヶ月で、きちんとした発語はないものの、こちらのいうことをかなり理解するようになったし、簡単な意思疎通もできるようになった。それでもなお、負のスパイラルに陥ると、自分の感情の渦にそのまま巻き込んでしまいそうになる。他人が監視しているという意味ではなくて、他人の存在を感じられることで、少なくとも私は、コブもまた自分とは違う一人の人間なのだと、距離を持って接することができるようになるのだ。

大阪の事件を知って、本当に胸が痛んだ。
その後本人の過去のブログやら何やらの情報が溢れだし、「愛情あふれる母が鬼母に」というような記事ばかりが目につく。彼女の変化ばかりを強調する紙面に違和感を覚える。「愛憎渦巻く」というように、「可愛さ余って憎さ百倍」ということわざもあるように、愛情と憎しみは決して相反する感情ではない。児童虐待を鬼親の仕業と片付けているうちは、有効な解決策なんて出てこない。

私が自分自身の経験から感じるのは、子どもはなるべくたくさんの人間の中で育つべきだということ。核家族の狭いアパートは一種の密室だ。密室の中では負のスパイラルに陥りやすい。そのためには公園でも児童館でも、子連れで気軽に行ける場所が増えること、そして交通手段だけでなく町の人たちが子連れでの外出を暖かく見守れないと難しい。そして誰でも気軽に利用できる一時保育や保育園。

フランスには専業主婦(夫)の子どもを預かるためのHalte Garderieという施設がある。保育園で一時的に預かってくれるのではなく、そのための施設があるのだ。それを知ったとき、すごいなと思った。そして今、それを利用できなかったら自分はもっと辛かっただろうと容易に想像できる。専業主婦が子育てを休んでどうするなんていう批判をネットの掲示板でよく見かけるけれど、私から言わせてもらえば専業主婦だからこそ、子育てを時々は休まなくてはいけない。

偉そうなことを書いている自分だけれど、先日Garderieでフランス人の母親が預けられるのを嫌がる息子に「お母さんはこれからエステに行くの。一緒に行ってもつまらないと思うよ。」と言ってるのを聞いて、エステかいと突っ込んでいる自分に気づいた。こういう偏見で自分たちが苦しい思いをしているというのに、自分の心にこそ、そういう偏見は残っているようだ。