ゴミ

数年前この街に引っ越してくるまでずっとマンションかアパート暮らしだった私は、ゴミ収集日というものを頭にインプットした記憶がない。ゴミが溜まったらマンションかアパートのゴミ捨て場に捨てにいくだけ。パリのアパートに至ってはダストシューター(!)があったので、ほぼそれで済んでいてゴミ捨て場にさえ行かなかった。

便利、は便利ですね。でもそうすると自分が出すゴミを意識しない。出てもすぐ見えなくなるから。地球環境のためにとかっていう偽善的な意味ではなくても、単純にどっちの方がゴミが少ないかっていう観点がそもそも持てなくなる。

一軒家に住み始めて早5年。しかもここはゴミ収集日は週に1日だけ。祝日とかストライキで収集日を逃すと2週間分のゴミが溜まっていく。環境のために、とかではなく自分のために(家が臭くならないように)、自然とゴミを減らそうとか臭わないように工夫するようになるわけですね。

例えば紙オムツがいかに臭くてかさばるゴミかということ。生ごみをコンポストするとゴミって意外と臭わないということ。そして加工食品はゴミが多いということ。

もしずっとアパート暮らしだったら、私はそういうことに一生気がつかなかったかもしれない。アパートに住んでいても子供がいればゴミは増えるしゴミ出しの回数は増えるだろうけど、それは面倒が増えるというだけであって、ここまで直接的にゴミを減らそうという動機になりにくい気がする、私の場合は。

便利さを追求するその先に何が待っているのか。ボタン一つで物が買えて、配達される。ゴミも誰にも会わずに大きなゴミ箱にいれておけばいいだけ。足を運んで、会話をして、汗を流して何かをする必要はぐっと減っていく。誰にも迷惑をかけていないというような錯覚。私たちにはより多くの自由な時間ができる。そしてそれを何に使う?ネットサーフィン?そんな人生嫌だなぁ。

という自問自答に明け暮れる今日この頃です。

メディアのあり方

日本を離れて8年が過ぎた。
アメリカでもフランスでも普段あまりテレビを見ないので、時事問題には疎くなった。
それでも大きいニュースや興味のあるものは人づてやネットで入ってくるし、そもそも知らないと困るニュースなんてないのかもしれないとも思う。

ブラウザのデータを整理したのでログイン情報が消えてしまって、mixiにいったらトップページのmixiニュースがででんとあった。
そしてその第1位が『死の直前「パパと呼び続けていた」 厚木の男児遺棄事件』。なんだそれって、心が痛むのは分かっていたけど開かずにいられず、関連ニュースも読んでしまった。次いつ帰ってくるか分からないお父さんを、それでも他に頼る人もなく待ちつづけるしかなかった、息子と同い年の男の子のことを思うと本当に胸が痛んで涙が出てくる。

でも、でもね、それを伝えたくて日記を書いているわけではないのです。
mixiニュースのソースは朝日新聞で、同じような男の子の生活を伺わせる記事がたくさんある。その後読売新聞を見てみるとそういう記事は皆無。白骨化遺体が発見されたというニュースと、もう一つは「厚木男児遺体、発見遅れ多くの課題…神奈川」

以前からワイドショーと報道の違いというのは感じていたのだけど、今回の朝日と読売のずれはまさしくそのままだと思った。男の子がいかにかわいそうか、お父さんがいかにひどいか、それをできる限りドラマチックに伝えるのがワイドショー。でもそれは見ている者を一時的な感傷に浸らせるだけ、あるいはすべて分かったような気にさせるだけで、そこに問題提起や建設的な問いかけは存在しない。それってようは野次馬のおばちゃんたちのひそひそ話と同じで、あることないこと話して勝手に盛り上がって、次の瞬間にはコロっと忘れてしまうってことなんだろう。

報道ってなんなのか。高校生の頃、私の夢はニュースキャスターだった。女子アナではなく。なぜなら報道がしたかったから。それはつまり、社会にむけて問題提起をするということに憧れていたのだと思う。

地球上で、日本で、フランスで、あるいはこの町で、毎日たくさんの人が傷付けられ、辛い思いをし、命を落としているはずだ。中には誰にも気づかれないままのケースもあるだろう。それら一つ一つに思いを馳せるのは個人の自由だ。でもメディアはそうであってはいけないと思う。メディアは同情を呼ぶために、読者や視聴者を感傷に浸らせるためにあるのではなく、そこにどんな問題が存在しているのか、我々がなにを変えていかなければいけないのか、そういう問題提起を行うためにあるはずだ。

今回はたまたま朝日と読売だったけど、日本のメディアは媒体を問わずワイドショー型の報道が多い。それはもちろん議論を苦手とし付和雷同の精神をもつ日本人の性質から生じた現象なんだと思う。でも会社にしろ政治にしろ、大きいものに巻かれれば安定が約束された時代はとっくに終わっているのだから、メディアもマスも変わらなければいけないんだろう。

自分では変わっていないつもりだけど、三度の飯より議論が好きなフランス人たちに私も影響されているのかもしれない。

Give Peace a Chanceって歌うんだ

今年度の初め、私が参加しているコーラスで使用している部屋について他の音楽クラスとバッティングがあり、多少もめた。といってもどちらもいい年した大人だし、市営の施設なので市役所の人も間に入って無事解決。結果的に私たちがその部屋を使えることになった。

解決後初めての練習日、部屋でウォームアップをしていると、移動させられたクラスの先生がやってきてこう言った。
「ここにある楽器はとても高いものなんだ。触らないでくれ。」
私たちはピアノ以外の楽器は使わないので「分かってます。気をつけますよ。」と答えた。
先生は続けた。「分かっていない、今あなたが寄りかかっている楽器は50万するし、あの楽器の上にコートが置いてあるなんてもってのほかだ。」
こっちにも言い分はある。その楽器たちのせいでコート掛けが塞がれて使えないのだ。
正直に言えばムッとしたし、多分多くの人がそうだった。

私はそのやりとりを見ながら、そこに敵意を込めなければ、こっちも譲ってくれてありがとう、移動させてしまってごめんなさいって言えただろうにって思っていた。どこからか負が入り込むとそれは回り回ってなかなか消せないと思うから。

でもその時にコーラス仲間の一人が言った。「そうね、確かにそういう楽器の使い方はよくないわね、ごめんなさい。」
ムッとして動こうとしない人もいたし、無視していた人もいた。
でも彼女は別に苛立つでもなく穏やかなまま仲間たちにコートをどけましょうと呼びかけた。
先生は黙って出て行った。
いきなりの出来事になんだあれと悪口を言う人もいたけど、私はただ感動した。

私は流されていないつもりだった。でも多分私が口を開けば、負の言葉しか出てこなかったと思う。それは直接相手を攻撃するというより、自衛的になるという意味での負だ。つまり、相手からいきなり攻撃されたという口実を得て、私たちは悪くないのにという自己正当化が私の中では着実に起きていたのだということが、そうでない彼女の言動を目の当たりにして身に染みたのだ。

Anatomy of Peaceにはこのまんまのことが書いてあったではないか。

相手の発した「負」を、批判したり受け止めたりするのではなく流すのだと、気に留めないということなのだと分かった。分かったからといってできるようにはならないけど、でも残念ながら発生してしまった負が、簡単に暴発してしまう負が、穏やかに静まっていくのを目の当たりにして、私もこういう大人を目指したいと強く思った。

戦争とか世界規模のことだけでなく、夫婦間とか親子間とか友達同士で起こるような諍いも、多分そのほとんどは負の増殖によるものだと思う。もともとものすごい諍いとか不平等が存在するというよりも、どこかで生まれた小さな負があっというまに暴発してしまうだけ。直接相手を攻撃する人だけでなく、それを批判的に見ている私のような偽善者もまた負を増長している。

浮いた器用貧乏

昔からグループが苦手だ。それは自分が天邪鬼だからだとずっと思っていた。結局は周りに反発することでしか自己を確立できない情けない性だと。でもそれ以前に、そもそも私は周りに馴染めていたことがなかったのかもしれないと、先日クローンと話していてふと気が付いた。

多分、私はずーっと浮いていたのだ。
中学高校大学を通じて、いやむしろその後だって。
この歳になってようやく分かりました。いや、ようやく認められました、かな。

外国にいると自分が外国人になるので、それだけで浮いた存在になる。でも私にはそれが逆に心地良い。なぜかと考えてみれば、周りに馴染めない自分に言い訳をくれるからだ。そして外国人であることが絶対的な事実だから、周りに馴染めないことへの罪悪感とか自己嫌悪もない。(別に海外で殻に閉じこもることをすすめるわけでも正当化するわけでもありません)

日本にいたときだって罪悪感とか自己嫌悪に苛まれていたわけではない。ただ周りのノリについていけないことやグループが苦手なことも、ようは自分がカッコつけて斜に構えてやっていたんだと思っていたんだけど、そうではなくて本当にやれなかったんだと今更気づいたのだ。
どんなに現地語が上達しても、どんなにそこの生活習慣になれても、いやむしろ慣れれば慣れるほど、部分的に日本人としてのアイデンティティが強くなるように、どこにても私の中ではそこに染まりきれない、100%はそこにいない自分が居たように思う。よく言えば場所に依存していなかったんだろう。悪く言えば馴染めなかったのだ。

付和雷同の精神が根強い日本では、仲間内であれ学校であれ部活であれ会社であれ、ある種そこに染まることを要求されることが少なくない。そして私はそれができなかった。でもね、一見上手に染まっているように見える人たちだって、別に100%染まっているわけではないのだと思う。内面にはそれぞれの世界があるんだろうし、それがどんなものかなんて他人にはわからない。むしろそういう人は使い分けが上手なのかもしれない。そして私はそれが下手なのだ。

つまり私は、浮いた器用貧乏。なんか寂し気だけどちょっと笑える。
でもこんな私を浮いた存在としてではなく、対等に見てくれる数少ない友人や家族がいてくれるんだから、幸せ者だと思う。

浮いた器用貧乏から浮いてるあなたへ

もしも今、あなたが周りに馴染めずに辛い思いをしているとしても、どうか仲間外れになることを恐れないでください。一人でいることを怖がらないでください。一人でちゃんと立っていれば、いつか必ずやっぱり一人でちゃんと立っている人々と出会えるしつながれますから。

生産性

世間より一足早く仕事が夏休みになったので、家族3人、
4月にバルセロナ郊外に引っ越してしまった元ご近所家族を訪ねた。
家族全員初スペイン。
考えてみると親戚めぐりじゃない本当の家族バカンスは初めてかも。

la mer

6月とは言ってもバルセロナは暑い。
特に昼12時頃から17時すぎまでは、気温云々というよりも
太陽光線そのものが強力過ぎてとても外にはいられない。
パリなら多少暑い日でも日陰は涼しいくらいだけど、
残念ながらバルセロナでは日陰でも風は少なかった。
お互い二歳児がいるので、当然お昼の後は毎日昼寝の時間。
スーパーとかを除いてはほとんどの店がこの時間帯閉まっているし、
なにしろ町を歩く人がとっても少なくなる。

チュニスの町を思い出す。
みんな当たり前に午後は休みだったなぁ。
最初はなんじゃそりゃと思ったけど、
毎日午前中の授業の後、燦々と照りつける太陽の下
寮までの道を歩いていると、それこそが正しい選択だとわかる。

チュニスでもバルセロナでも、だから夜は長い。
10時すぎでも普通に子供の声が路上に響いている。
早めの午前中と遅めの夜こそが、暑い国の生活時間なのだと思う。

暑さの中でこそ味わえる果物の瑞々しさや
ガスパッチョやビールや炭酸の美味しさ。
夜風の心地よさや屋外の開放感。
そういうものを家族全員、思う存分満喫してきた。

日本もすでに暑さが厳しくなっているということだけれど、
節電のためにクーラーを我慢したり弱めたりということが
結構行われているらしい。そんな中で出会った記事。

「エアコンを止めて分かったニッポンの夏の過ごし方」

生産性なんて忘れて、暑さに酔うっていうのが、
チュニスやバルセロナの人々を彷彿とさせる。
どっちにもクーラーのあるお店もお家もあったけどね。
でも基本的には自然の気候に沿って、
暑いときは休んで、涼しくなったら外に出てって
そういう味わい方をできる生活をしていたいものだ。

来週から約5年ぶりの「真夏の日本」に帰る。
暑さに酔う覚悟で3週間乗り切れるだろうか。

子育てに必要なのは他人

母親による児童虐待のニュースに対して、これだから若い母親はとか親になる資格もないなどのコメントを見聞きするたび、悲しくなる。

虐待はいけない。
でも私には他人事には思えない。

虐待を受けたことはない。ニュースに出てくるような折檻をしたこともない。
でも子どもに手をあげたことはあるし、怒鳴ったこともある。部屋に閉じ込めてしまいたいと思ったこともあるし、家において逃げてしまいたいと思ったこともある。

そういう気持ちになる度に、そういう行動に出る度に、自己嫌悪に陥ってなんてダメな母親なんだと自分を責めるんだけど、外れてまではいなくとも一度ゆるんでしまった箍をはめ直すのはとても難しい。自己嫌悪に陥っているときに子どもがわがままを言ったり泣き叫んだりしようものなら、どんどん箍は緩んでいって、行動も気持ちもエスカレートしてしまう。

私がこれまで、幸い毎回箍をはめ直してこられたのは、ただただまわりの人のおかげだ。なるべく時間通りに帰って来てくれる旦那はもちろん、Skypeしてくれる日本の家族、気さくに声をかけてくれる近所の人。そういう人との交流が、自分を子どもと二人だけの世界から引き戻してくれる。

コブが生まれてから手伝いに来てくれていた母が帰国し、日中二人の生活にやっと慣れた頃、二人きりでいるよりも他人がいたほうがコブを愛おしく思うことが多いことに気がついた。でもなんだか自分の愛情が足りないことの証のような気がして認めずにきた。でも最近になってやっと、恥じることなく認められるようになった。コブももうじき15ヶ月で、きちんとした発語はないものの、こちらのいうことをかなり理解するようになったし、簡単な意思疎通もできるようになった。それでもなお、負のスパイラルに陥ると、自分の感情の渦にそのまま巻き込んでしまいそうになる。他人が監視しているという意味ではなくて、他人の存在を感じられることで、少なくとも私は、コブもまた自分とは違う一人の人間なのだと、距離を持って接することができるようになるのだ。

大阪の事件を知って、本当に胸が痛んだ。
その後本人の過去のブログやら何やらの情報が溢れだし、「愛情あふれる母が鬼母に」というような記事ばかりが目につく。彼女の変化ばかりを強調する紙面に違和感を覚える。「愛憎渦巻く」というように、「可愛さ余って憎さ百倍」ということわざもあるように、愛情と憎しみは決して相反する感情ではない。児童虐待を鬼親の仕業と片付けているうちは、有効な解決策なんて出てこない。

私が自分自身の経験から感じるのは、子どもはなるべくたくさんの人間の中で育つべきだということ。核家族の狭いアパートは一種の密室だ。密室の中では負のスパイラルに陥りやすい。そのためには公園でも児童館でも、子連れで気軽に行ける場所が増えること、そして交通手段だけでなく町の人たちが子連れでの外出を暖かく見守れないと難しい。そして誰でも気軽に利用できる一時保育や保育園。

フランスには専業主婦(夫)の子どもを預かるためのHalte Garderieという施設がある。保育園で一時的に預かってくれるのではなく、そのための施設があるのだ。それを知ったとき、すごいなと思った。そして今、それを利用できなかったら自分はもっと辛かっただろうと容易に想像できる。専業主婦が子育てを休んでどうするなんていう批判をネットの掲示板でよく見かけるけれど、私から言わせてもらえば専業主婦だからこそ、子育てを時々は休まなくてはいけない。

偉そうなことを書いている自分だけれど、先日Garderieでフランス人の母親が預けられるのを嫌がる息子に「お母さんはこれからエステに行くの。一緒に行ってもつまらないと思うよ。」と言ってるのを聞いて、エステかいと突っ込んでいる自分に気づいた。こういう偏見で自分たちが苦しい思いをしているというのに、自分の心にこそ、そういう偏見は残っているようだ。

赤ちゃんは かわいそう ではない

コブが生まれて早10ヶ月。

初めての育児の不安と見知らぬ土地での孤独感はもちろん、土地勘なさすぎてどこで気分転換すればいいのかも分からず、日本の家族が近くにいない寂しさや和食恋しさに、日本で子育てできたらなぁと思ったことは数え切れない。

でもフランスで子育てできてよかったと思うこともある。それは今まで当たり前だと思っていた育児情報と180度違うやり方を知ることができたこと(親子別室、3ヶ月での断乳、託児制度などなど)。何よりもそれらを知っていくなかで、育児なんて180度違うものが必ず存在するくらい「なんでもありなんだ」ということを実感できたこと。

私の場合、外国だったから顕著だったけれど、実際には日本で育児をしたからといって日本の育児情報のまんまになるわけはなくて、やっぱり最終的には「なんでもありなんだ」という結論になったんだと思う。それはつまり親として自信を持つことであり、自分と自分の子供のことは私が一番よく分かっているという自負を持つことだ。

私は半年経ってようやくそう思えるようになった。どんなに素晴らしい本でも、どんなに論理的なデータでも、自分と子供には当てはまる部分も当てはまらない部分もあるわけで、自分は親としてそれらを自信を持って取捨選択していけばいいのだと思えるようになった。

こう書いてしまうとなんだか当たり前のことなんだけれど、ここにたどり着くまでは不安だった。情報ばかりがあふれる中で、本当にこれでいいんだろうかと不安ばかりが募り、さらに調べても矛盾する情報が両方でてくるだけで悩みは止まらない。でもそのどちらにもでてくる「~なんて赤ちゃんがかわいそう」という文句を見る度に、やっぱりこれだとかわいそうなのかなぁなんてさらに自信を失くしていた。

私は幸い直接言われたことはほとんどないのだけれど、こういう状況で自分の家族から「~なんて赤ちゃんがかわいそう」といわれたら本当に辛いだろうと思う。困ってしまうのは多くの育児書にこの文句があふれていること。でもどういう選択をするにしてもそれは「そうしないと赤ちゃんがかわいそうだから」ではなくて「その方が私と私の子供には合ってるから」であるべきだし、少なくとも私はそうありたい。添い寝でも別寝でも、母乳でもミルクでも、預けても預けなくても、母親が専業でも兼業でもフルタイムでも、幸せに育っている人間は山ほどいる。どういう選択だとしても、自分と自分の子供に合った方法を自分で考えて選んだのであれば、赤ちゃんは決してかわいそうではない。だから私は子育て中のお母さんに、絶対この文句だけは言わないようにしようと思う。