レールの外

日本からRがやってきた。
中学時代、一緒にギターを弾いていた仲間の一人。
卒業式の日にアメリカに旅立つと聞いて仰天した頃が懐かしい。

彼女はパッケージデザインの勉強をするためにSFにやってきた。

彼女の話を聞いてすごいなぁと思ったのは、とにかく興味があることを実践していること。そしてやってみてダメだと思ったら、そこからまた新しいスタートにたつ。

吉本隆明が書いていたけれど、最初についた職業がその人にたまたまベストマッチしている確率なんて、ものすごく低いのだ。もちろん子供の頃から何かが大好きで、それがそのまま仕事になってしまう、うちの旦那みたいな人もいる。そういう人達は本当に幸せ者だと思う。羨ましい。
でもその一方で、そこまで何かに夢中になるわけでもなく、色々なことに広く浅く興味があって、自分の適性なんてよく分からないっていう人間が実は大多数なのではないかしら。

私は器用貧乏という言葉が心に深く刻まれていて、ずーっとそれがコンプレックスだった。いまでも嫌だけど、でも以前ほどそうでない人をうらやむようなことはなくなったと思う。それはプー太郎になって色々吹っ切れて、自分の足で自分の体で色々実践して自分が何をやりたいのか、何に向いているのかってことと真剣に向き合ってきた結果、以前よりは自分ってものや自分のいる環境っていうのが少し分かった気がするからだ。

私が、周りのいろいろなことを気にせずに自分のやりたいことをやってみるっていうのを始められたのはプー太郎になってからだったけど、Rはもっと早くからそれをやり続けている。いつもいつも励ましの言葉ばかりではなく、今回も仕事を辞めてまた学び舎に戻る彼女に向けられたのは、日本では温かい励ましの言葉ばかりではなかったようだ。だけどその結果、彼女は今本当にやりたいことに随分と近づいているように見える。もちろんこれが答えだなんて保証があるわけではないし、もしかしたらまた変わるのかもしれないけど、それはそれでまた大事な一歩なわけだ。そして何より彼女は生き生きしているのだ。

日本のようにきちんとレールが敷かれている社会では、外れることが難しいだけでなく、他にどんな選択肢があるのかをじっくり考えるチャンスさえも奪われてしまいがちである(だから精神的に幼かったり、責任感が足りなかったりするのではないかと私は思う)。外れりゃいいとは言わないけれど、外れた以上は明確に全てが自分の責任なるので気持ちがいい。それが私がプー太郎になって感じたこと。なんとなく流されてしまったとは、もう絶対言わないぞってね。

うまくいってる時はいいけれど、ダメになったときにそれが自分で決めたことじゃなかったら、そんなに悔しいことはないじゃない。そう思って、逃げずに自分の責任で決めて進む。

でも一番肝心なのは、自分自身よりも家族や友達や環境。それを受け入れてくれる家族や恋人や友人や、もっと現実的には金銭面とかビザとかね。んで私やRは、こうやっていられるのだから、すごく恵まれているのだと思う。

だからそういうことに常に感謝しながら、やっぱり、いやだからこそ、思う存分好き放題やらせてもらおうって思うのだ。

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