アメリカ考察ー人の間の距離ー

ここ数ヶ月ずっと、アメリカについて考えている。
昔からそうだけど、私はアメリカが大好きで、大嫌いだ。

アメリカの中にいると、凄く楽だ。この国は誰でも受け入れてしまう。国籍が何でも肌の色が何でも、どんな言葉を喋っていようとも。
ここには、いてはいけない人なんていないのだ。

旅行者として度々アメリカを訪れていたころ、それはとてつもなく心地いいことだった。でもいざ住んでみると、適合していく先を見いだせない寂しさもある。

「あなたはあなたでいいのです。アメリカに来たからって英語を喋らなくちゃいけないとか、アメリカ式の暮らしをしなくちゃいけないなんて事はありませんよ。あなたの好きなように、自由に過ごしてください。」

なんだか、そんな風に言われているように感じる。そしてそれは、すごく楽だけど、同時に詰まらないと私は思う。

「あなたはあなたでいい」というのは、自由を認めているともとれるけれど、同時に興味が無いということでもある。隣の人が何の言葉を喋っていても、何を食べ、何を着て生活していても、別にいいのだ。自分は自分で、あなたはあなただから。そしてそういう距離を持っているからこそ、誰とでも仲良く出来る。

例えば、アメリカでは外を歩いていれば、すぐ人に話しかけられる。道を聞かれるのなら驚かないけれど、私が一番驚いたのは、通りすがりのおばさんに「そのスカート素敵ね」と言われたこと。道を聞くんだったら日本でもあるけど、さすがに「そのスカート素敵ね」とか、突然話しかけることは日本ではないと思う。

「そのスカート素敵ね」と言われて、ただ「ありがとう」で終わることもあれば、こちらの返答次第では会話が始まることもある(まず私はしないけど)。でも肝心なのは「そのスカート素敵ね」って言葉の意味、重さ。多分ほんとに「あら素敵」って思ったからそういっただけなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、「ありがとう」で終わっても、会話に発展しても、言った方も言われた方もどっちでもいい。

そういうコミュニケーションが好きな人もいるし、そういう人にとってアメリカって過ごしやすいんだと思う。逆に私は苦手。いや、正確には別に構わないんだけど、どうでもいい会話に意味を見いだせないといってこと。

文化とか言語とかに強い興味があるからかもしれないけど、たとえ最初はよそ者であっても、少しずつその文化を学び、とけ込んでいく過程が私は好きだ。それがアメリカには無い。っていっても、いざフランスに住んだらそのよそ者具合に悩まされることになるのかもしれないけど。

どちらがいいとかってことではなくて、正反対だということが言いたいだけ。そして私は土着の文化がある方が好きなのだ。

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