伝えたいこと

会社に向かう車の中でKQEDを聞いていたら、”Talk of the Nation”のテーマが「女性退役軍人」だった。

彼女達の心の傷。退役してからも普通の生活に馴染めなかったり、居場所がない感じがしてしまったり、子供が自分になついてくれなかったり、自分のいない生活に家族が慣れすぎて寂しい思いをしたり。

私はイスラームが好きだってこともあって、イラクで毎日人が死んでるって事の方が目に留まる。だけど、いつ死ぬか分からないって状態は軍人だって同じだ。そして彼女達もやはり戦争の被害者なんだろう。いくら志願制とは言ってもね。ここでもまた戦争は無意味だ。

戦争には反対だ。何も生み出さないし、傷を増やすだけ。ただそれは、私に国とか外交から見るマクロの視点が欠けているからかもしれない。どうしても、どれだけ理論を展開されても、個人の負う傷を思ったら、戦争が必要だとは思えないのだ。

でもそれで戦争はなくなるかって考えると、実はなくならないかもしれないと思う。意見の対立や利益の対立は絶えることはなくて、同時に悪賢い指導者もいなくなることはない。だから争いごとはなくならないのかもしれない。

そしてそんな争いごとの絶えない世界を生きていくためには、自分で考える力が必要だ。愛国心や宗教心に惑わされることなく、自分で考える力が必要だ。人に人を殺させ、無駄に命を落とさせる張本人達は、みんなのうのうと生きている。大統領も首相もテロ組織と言われるグループのリーダーも。何を信じるか、何を選ぶかは自由なので、それを教えるわけにはいかないのだけれど(そしたら洗脳になってしまうから)、どんな道を進むとしても後悔しないようにするためには、そんな彼らの言葉遊びに惑わされずに、自分で調べ、自分で考えて、自分で判断する力が必要なんだということは確かに言える。

そんな力をどうやって身につけるのか、永遠の問いのような気もするけれど、実は誰の中にも備わっているようにも思う。それを使う機会さえ与えられれば、その力は誰にでも使えるものなんじゃないかと。我ながらなんて性善説なんだろう。というかこれが啓蒙思想なんだろうか。よく分からないけど、そんな大それた事を考えた冬の始まり。

仕事

「自分にしかできない仕事をしたい」

というのはよく聞く話ですが、そんなのってすごく少ないと思う。
特殊な才能や職人レベルの技術を身につけているのならともかく、
そうでない場合はむしろ、多くの人ができる仕事をやる事になると思う。

前の会社で休職する事務の人に(その会社では事務は実質一人だったので)
その人がいなくなった後が不安だと話をしたら
「会社っていうのは社員が1人いなくなってもやっていけなくちゃいけないし、
なんだかんだいってreplaceできるものだ。うまくできないとしたら、
それは私の引き継ぎ方がいけなかったってこと。」と言って大量の引き継ぎを準備していた。
その時は現実的だけど寂しいこと言うなぁなんて思っていたけれど、
最近はその言葉の意味がやっと感じられるようになった。

自分にしか出来ない仕事を探すんじゃない。
誰でもできる仕事を、自分はどうやるかを考えるんだと思う。
どう楽しめるか、
どう相手を満足させられるか、
どう効率的にやるか、
どう新しくするか。

誰にでも得意なことと不得意なことがある。
そしてそれは一つの職業とまるまる重なるような大きなことではないはずだ。
あるいは逆の言い方をすれば、もっと根本的な部分だからこそ、
あらゆる仕事に共通しているかもしれない。
だから、自分の長所を生かせる、自分の短所をカバーできる、
そういう働き方を見つけられたらいいとおもう。
そう思っていくつものアルバイトをやってきた。
いよいよ定職に就くかもしれなくて、それでもそういう気持ちを忘れずにいたい。

シナプス

小学校の国語の教科書に脳の記憶の話があって、
それは記憶はお互いにシナプスでつながっているんだというような内容だったと思う。
そして思い出せそうで出せないのはシナプスが弱っているからだと。
そのまま思い出さないと切れてしまうけど、思い出せればそこがより強くつながれると。

小学生用の内容だったので色々簡略化された内容だったんだとは思うけど、近頃本当にそうだなとおもう。

アメリカに住んでいた10歳の頃、ここでのことは絶対忘れないと思っていた。
中学高校のときにも、これだけ充実した生活のことを忘れるわけがないと思っていた。

だけど時間がたつと記憶は薄れるものだ。
当たり前に言えた名前が出てこなくなって、ふと記憶の隙間にはっきりしないものがあることに気付く。
そしてその事自体、思い出さなくなってしまう。
それは今アクティブな記憶とその出来事とのつながりが遠すぎてしまうから。

そしてひょんなことから離れたところの記憶が蘇ると、
その一つの出来事から芋づる式にいろんな記憶の断片が呼び起こされる。
そのまわりにつながっている様々な記憶。
全てが断片的で、それ以上の詳細を思い出すすべもない。
それでもそのときの感情が、時空を飛び越えてこの胸を満たす。
言葉には到底できないような自分の心の状態を、脳は覚えているのだろうか。

忘れることが出来なければ、生きていることは辛すぎるという。
それでも忘れたくない思い出が、誰にでもあるものだ。
そんなとびきりの思い出でも、全てを刻み込むことは出来ない。
大好きだったEugeneの街並を忘れてしまうように。
大好きだった学校のディティールを忘れてしまうように。

そうやってふいに呼び起こされた記憶が新しい思い出の物語を作り出す。
今度は自分の思い通りに、好きなところだけをうまくつなぎ合わせて。
そうやって今日も、思い出を作り出す。

pastime

時間を過ごす=娯楽
ということで、なんとも語源が明確なこの言葉、初めて辞書で見た時から大好きなのだ。それはもう10年近く前になってしまうのか。そんで10年近くもこの言葉を知っていたんだけど、この前Wilburに行って初めて時間を過ごすから娯楽なんだと実感した。

どういうことかというと、前のエントリでも書いたようにWilburは自家発電で携帯も通じず、当然テレビもラジオもない。インターネットなんてどこの世界の話。んでそういう場所にふといると、時間を過ごすために本を読んだり、音楽を奏でたり、あるいは散歩したり、話し込んだりする。
やっていることは別に普段とそんなに変わらない。じゃあ何が違うかというと、普段の生活でこういうことやるのは、時間を過ごすためじゃなくて、暇が見つかった時だということ。寝る前にちょっと本を読むとか、日曜の午後散歩するとか、ルーティーンになっているものもあるだろうし、そうじゃなくてほんとにちょっと時間が出来たからやることもあるだろう。でもとにかく時間が目の前に広がっていて、じゃあ何をして過ごそうかなぁと考えたことは、多分ほとんどなかったように思う。ま、あったのかもしれないけど、今回改めて普段はそういうふうに考えることは少ないと思ったのだ。

私たちの普段いる場所って「やること」に溢れている。あくまで時間があってそこから何をするか選ぶのがpastimeなのに、逆に娯楽のための時間を作らなくてはいけなかったりする。

あるいは情報がありすぎるのかもしれない。私たちは何年も先のことまで結構予定が決まっていたりする。いや、実は何も確実に決まってなんかいないんだ(明日死ぬかもしれないし)。でもそう言っていては今の社会では生きていけないんだろう。それは社会のレールだったり自分のキャリアだったり色々あるだろうけど、結局そういう長いスパンの枠が決まってしまっていると、目の前に時間が広がっているってことがなくなってしまうのかもしれない。

Wilburみたいな場所に行って初めて、ポーカーやチェスや日本だったら囲碁や将棋が、なぜ昔の話に登場するのかよく分かる。他にやることがないのだ。バカにしてるんじゃなく、ただ純粋な意味でね。だから演劇とか見世物とか、発展したんだなぁと思って。そういう時代だったら日本のお祭りや花火大会もまた違う意味を持っていたんだろう。

その昔、人間には過ごすための時間なんかなくて、ただ生きていくだけだった。それが農耕をきっかけに集団で定住するようになって、自分で過ごせる時間が生まれた。そして文化が発達し、それは何十世紀にも渡って進化して、今の多種多様なものになった。そんな話を、この間小学生用のテキストで読んだ。

時間があるときにやれることの選択肢が豊富な私たちは恵まれている。だけど、どれだけ素敵な娯楽でも、時間を過ごすことが出来ないんだったらそれは本当のpastimeじゃないのかもしれない。暇を見つけてわざわざどこかに出かけて行列に並ぶ。わざわざ休みを取って、さらにお金を払ってなにかをする。

決して否定しているわけではなくて(私も今回のWilburはお金払ってるし)、ただそういう疑問が今回の休暇をきっかけに頭の中にどーんと横たわっている今日この頃なわけです。やっぱり現代人は忙しすぎるんだろうな。早くフランスに引っ越そう・笑。

自分の気持ちほど信用ならないものはない

旦那との入籍の手続きを進めているときに、私は「国際離婚」という本を読んでいた。
旦那と入籍したすぐあとに、何かあった時の財産分与について文書で記しておきたいと頼んだ。

どちらも旦那さんはびっくりしていた。後者については少し嫌な顔もした。どうして結婚するときに、離婚するかもしれないって考えるのって。

もうすぐ遅ればせながらの結婚式をする身で、こういうことをいうのはものすごく不謹慎な気もするけど、やっぱり絶対一生離婚しませんとも、一生この人だけを愛しますとも、言えないのだ。

そうしたいと思う。旦那のことが好きだし、彼との生活は私にたくさんの幸せをくれる。これをずーっと、命が終わる時まで続けたいと思う。

だけどそうします、とはいえない。分からないのに断言したら嘘になるから。

自分の気持ちほど信用ならないものはないと思う。
思っているよりも簡単なことで、人の気持ちは180°変わってしまったりする。そしてそれはその人が弱いとかその人が悪いとかなんじゃなくて、そういうものなんだと私は思っている。なにしろ自分自身、そんな風にころっと変わって今日のここまで生きてきたわけで。

そんなわけで、夫婦になったばかりのダーリンが悲しげな顔をしてもなお、私は最初の二つをやめなかった。

こういう話をして、すんなり分かってくれる人と、断固否定する人と、綺麗に分かれる。そして自分がころっと変わってしまったことに気付いたあの日よりも前の私だったら、頑として否定しただろうとも思う。

あの頃の私や、その他否定派の人達は、私がこういうことを言うから私の気持ちに揺らぎがあるんだと判断するようだ。だけど、私が言いたいのはそういうことじゃない。

私はこれから、いつもいつも、当たり前じゃなく、その都度旦那といることを選ぶのだ。そのために努力するし、そのために選択するのだ。結婚したから当然一生一緒にいるなんて思えないからこそ、一緒にいるために努力出来るんだと私は思う。

とある掲示板で、婚約相手から「マンションの名義ははっきりしておこう」と言われ寂しがる女性の書き込みを見て、そんなことを思い出した。あっという間に1年半が経っている。そんな調子で本当のジジババになるまで一緒にいよう。

アメリカ考察ー合理主義ー

大学生になってフランスに行くまで、私にとって「外国=アメリカ」だった。そしてそれは「外国は進んでいる」とか「外国人は声が大きい」とか「外国人はフレンドリー」っていう、私の中の外国のイメージの元になっていた。

ところがいざフランスに行ってみると、考えていた以上にフランス人は日本人ぽかった。声は大きくなかったし、皆すごくシャイだったし、ずかずか入り込んでこなかったし、何よりフランスっていう国は、本当に先進国かい?って思うくらいにい、色んなものがアナログで非合理的だった。

フランスに行ったことで、私の考えはガラッと変わって、要するにアメリカがかなり特殊なのだという結論に至った。

その後なぜかその特殊な国に住むことになったわけだけど、本当に色んな意味で特殊だ。そしてそれを生み出す一つの要因が合理主義だと考えるようになった。

アメリカの建国って、例えば東京の人達が自然がいいっていって、キャンプ場だった所に家を建てちゃったって感じがするのだ。もちろんピルグリムファーザーズとか歴史的に色んな要因があったのは百も承知なんだけれど、今この国にいて感じる違和感はそんな感じなのだ。

当然東京の人は何が必要で何が便利かもう知っていたから、一番合理的に家を建て、必要なだけスーパーを作り、交通も考えて道も広く造る。そしてできあがった元キャンプ場の街は、すごく合理的で近代的だけど、自然の中にあるのだ。

おそらく東海岸は100年くらい歴史が長いので、また全然雰囲気が違うと思うのだけど、たった100〜200年の間に出来た西海岸エリアは、本当にそんな感じなのだ。私が住んでいる町はなんと来年で生誕100年記念らしい。それでもこのエリアでは随分古い街なんだけれどね。

逆になぜアメリカ以外でこんなに合理主義がまかり通らないのかって言うのを考えると、特に都市という意味では、自然環境による制限や、文明の発達によるものだろうと思う。例えば日本だったらあちらこちらにちょこっとある平野や盆地に住むしかなかったとか、車がない頃はもちろん大きな道を作る必要もないわけだし。あるいは、歴史的には城下町だったから塀があったり堀があったりする。要はやっぱ歴史があるから、今現在の文明において一番合理的なものをポンって作れないわけだ。だって、そこにはもう街があるから。だけどアメリカは、何もない所に作ったから、出来る限り最先端で合理的で便利なものを作ることが出来たんだと思う。

連綿と続いてきた社会があって街があって、そこに新しい世代が少しずつ新しい息吹を吹き込むっていうのが、ヨーロッパの流れだと思うんだけど、アメリカは元がない分、目的に合わせていくらでもドラスティックに変化できるのだろう。そしてこの、今あるものからどうやって目的に近づくかというよりも、目的があるからそのための方法をゼロから考えて実行する(ある意味過去との連続性は意味を持たない)っていうのは、すごくアメリカ人のメンタリティーを表していると思う。

歴史や文化の足枷がないこと、そして合理的に作られているからこその豊かさ、そういうものが重なって、アメリカのパワーを生み出しているのではないだろうか。そしてそのエネルギーが大きすぎるからこそ、アメリカという国は振り子のように右にも左にも、ものすごく大きく揺れてしまう。個人のレベルで言えば、色んなことにヒステリックだし、極端だ。そしてこの極端さが、私は嫌いだ。白か黒かしか選べない感じ。

日本はアメリカの10年遅れとかってよく言うけれど、社会の向かっていく方向が合理化の方向である以上、アメリカが先をいっているのは当たり前のことだと思う。そしてこういう流れがどんどん進んでいけば、地域差はどんどん少なくなって、どこの国でもどこの都市でも同じように便利で合理的な生活が出来るようになるのだろう。そういうことを考えていると、不便さっていうのも少し愛おしく思える。

アメリカ考察ー人の間の距離ー

ここ数ヶ月ずっと、アメリカについて考えている。
昔からそうだけど、私はアメリカが大好きで、大嫌いだ。

アメリカの中にいると、凄く楽だ。この国は誰でも受け入れてしまう。国籍が何でも肌の色が何でも、どんな言葉を喋っていようとも。
ここには、いてはいけない人なんていないのだ。

旅行者として度々アメリカを訪れていたころ、それはとてつもなく心地いいことだった。でもいざ住んでみると、適合していく先を見いだせない寂しさもある。

「あなたはあなたでいいのです。アメリカに来たからって英語を喋らなくちゃいけないとか、アメリカ式の暮らしをしなくちゃいけないなんて事はありませんよ。あなたの好きなように、自由に過ごしてください。」

なんだか、そんな風に言われているように感じる。そしてそれは、すごく楽だけど、同時に詰まらないと私は思う。

「あなたはあなたでいい」というのは、自由を認めているともとれるけれど、同時に興味が無いということでもある。隣の人が何の言葉を喋っていても、何を食べ、何を着て生活していても、別にいいのだ。自分は自分で、あなたはあなただから。そしてそういう距離を持っているからこそ、誰とでも仲良く出来る。

例えば、アメリカでは外を歩いていれば、すぐ人に話しかけられる。道を聞かれるのなら驚かないけれど、私が一番驚いたのは、通りすがりのおばさんに「そのスカート素敵ね」と言われたこと。道を聞くんだったら日本でもあるけど、さすがに「そのスカート素敵ね」とか、突然話しかけることは日本ではないと思う。

「そのスカート素敵ね」と言われて、ただ「ありがとう」で終わることもあれば、こちらの返答次第では会話が始まることもある(まず私はしないけど)。でも肝心なのは「そのスカート素敵ね」って言葉の意味、重さ。多分ほんとに「あら素敵」って思ったからそういっただけなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、「ありがとう」で終わっても、会話に発展しても、言った方も言われた方もどっちでもいい。

そういうコミュニケーションが好きな人もいるし、そういう人にとってアメリカって過ごしやすいんだと思う。逆に私は苦手。いや、正確には別に構わないんだけど、どうでもいい会話に意味を見いだせないといってこと。

文化とか言語とかに強い興味があるからかもしれないけど、たとえ最初はよそ者であっても、少しずつその文化を学び、とけ込んでいく過程が私は好きだ。それがアメリカには無い。っていっても、いざフランスに住んだらそのよそ者具合に悩まされることになるのかもしれないけど。

どちらがいいとかってことではなくて、正反対だということが言いたいだけ。そして私は土着の文化がある方が好きなのだ。

家族のカタチ

*ここ数日、サーバーの移動に伴い、アクセスできなかったり表示がおかしくなったりしていたようです。すみません。が、昨夜旦那が3時間かけて直してくれたのでもう大丈夫。頼りっきりで何も把握できていないのですが、ありがとう☆

すっかり更新頻度が落ち着いてしまっていますが、それなりにイベント続きの今日この頃です。

昨日までは、お義父さんとその彼女が来ていました。2週間程。
週末でこそ皆でヨセミテとか行ったけど、平日も自分たちでハーレー借りてサンタクルーズまで行ったりしてしまう、パワフル&アクティブなカップルでした。

周りに説明するときに、「旦那の両親」とも言えず、「旦那のお父さんとその彼女」と言うわけですが、それに対する反応がまたそれぞれ違って面白かった。

ただ「そっかぁ」という人や、言葉に困ってから「なんか複雑ですね」という人とか。

一方でお義母さんは一人のままなのですが、その事情を知っている女性は激怒したりしていました。
彼女曰く「自分が一人でいる間に元彼や元旦那が新しい恋人を作って幸せになって、しかも息子夫婦の所に遊びにいくなんて耐えられない!」というもの。怒るかどうかは別として、そりゃ辛い、というか寂しいだろうとは思います。

私はお義父さんもお義母さんも大好きだから、二人がまだ一緒にいてくれたらどんなにいいだろうって思うけど、こうなってしまっている以上は仮定の話でしかない。そしてこうなってしまった以上は、それぞれ別々の場所ではあっても、どちらも幸せでいて欲しいと思うのだけど、こうやってお義父さんの幸せを見ているときに、少し心が痛むのも事実だったりします。

っていってもこれは血のつながってない赤の他人である私だからそう感じるだけなのかもしれないし、家族である旦那はもっと別の感情を持っているんだろうと思う。というかもっと複雑で、こんがらがっていて、矛盾したりしているのかもしれない。あるいは、もう納得しているのかもしれない。

私が旦那さんと知り合った時にはもう二人は別れてしまっていたので、どういういきさつでとかっていうのは詳しく知らないけど、どちらかが浮気したとかDVとか借金とかそういう理由ではなかったので、そういう意味でも誰も悪くないんだと思う。そして誰も悪くないからこそ、ただ家族であったものがそうでなくなってしまうという寂しさが、極めて純粋にそこにある。

なんとなく人の死と似ている気がする。もうなくなってしまったもの。とても大切だけれど、なくなったという事実に慣れていくしかないもの。受け入れるしかないもの。

離婚の理由なんて千差万別だし、自分だっていつの日かそういう結果に至るかもしれない。だけど、なるべくならそういう「なくす」体験を自分も、自分の大切な人達にもしないでもらいたいし、そのためには家族でいるために努力を惜しまないということしかできないんだろう。といっても私はまだ子供もいないし、まだ家族というスタートラインにも立っていないのかもしれないけどね。

レールの外

日本からRがやってきた。
中学時代、一緒にギターを弾いていた仲間の一人。
卒業式の日にアメリカに旅立つと聞いて仰天した頃が懐かしい。

彼女はパッケージデザインの勉強をするためにSFにやってきた。

彼女の話を聞いてすごいなぁと思ったのは、とにかく興味があることを実践していること。そしてやってみてダメだと思ったら、そこからまた新しいスタートにたつ。

吉本隆明が書いていたけれど、最初についた職業がその人にたまたまベストマッチしている確率なんて、ものすごく低いのだ。もちろん子供の頃から何かが大好きで、それがそのまま仕事になってしまう、うちの旦那みたいな人もいる。そういう人達は本当に幸せ者だと思う。羨ましい。
でもその一方で、そこまで何かに夢中になるわけでもなく、色々なことに広く浅く興味があって、自分の適性なんてよく分からないっていう人間が実は大多数なのではないかしら。

私は器用貧乏という言葉が心に深く刻まれていて、ずーっとそれがコンプレックスだった。いまでも嫌だけど、でも以前ほどそうでない人をうらやむようなことはなくなったと思う。それはプー太郎になって色々吹っ切れて、自分の足で自分の体で色々実践して自分が何をやりたいのか、何に向いているのかってことと真剣に向き合ってきた結果、以前よりは自分ってものや自分のいる環境っていうのが少し分かった気がするからだ。

私が、周りのいろいろなことを気にせずに自分のやりたいことをやってみるっていうのを始められたのはプー太郎になってからだったけど、Rはもっと早くからそれをやり続けている。いつもいつも励ましの言葉ばかりではなく、今回も仕事を辞めてまた学び舎に戻る彼女に向けられたのは、日本では温かい励ましの言葉ばかりではなかったようだ。だけどその結果、彼女は今本当にやりたいことに随分と近づいているように見える。もちろんこれが答えだなんて保証があるわけではないし、もしかしたらまた変わるのかもしれないけど、それはそれでまた大事な一歩なわけだ。そして何より彼女は生き生きしているのだ。

日本のようにきちんとレールが敷かれている社会では、外れることが難しいだけでなく、他にどんな選択肢があるのかをじっくり考えるチャンスさえも奪われてしまいがちである(だから精神的に幼かったり、責任感が足りなかったりするのではないかと私は思う)。外れりゃいいとは言わないけれど、外れた以上は明確に全てが自分の責任なるので気持ちがいい。それが私がプー太郎になって感じたこと。なんとなく流されてしまったとは、もう絶対言わないぞってね。

うまくいってる時はいいけれど、ダメになったときにそれが自分で決めたことじゃなかったら、そんなに悔しいことはないじゃない。そう思って、逃げずに自分の責任で決めて進む。

でも一番肝心なのは、自分自身よりも家族や友達や環境。それを受け入れてくれる家族や恋人や友人や、もっと現実的には金銭面とかビザとかね。んで私やRは、こうやっていられるのだから、すごく恵まれているのだと思う。

だからそういうことに常に感謝しながら、やっぱり、いやだからこそ、思う存分好き放題やらせてもらおうって思うのだ。

過去を忘れずに未来を見つめる

教育基本法改正に防衛庁の省昇格、歴史教科書の沖縄戦の表記変更、そしてついには国民投票法案可決ですか。まさにやりたい放題ですね。

そんなに戦争がしたいのだろうか。結局儲かるから?政治家本人か周りがかは知らないけど、結局そうやって私利私欲のために国民や別の国の一般人の命を犠牲にするのか。アメリカと一緒。
あるいは安倍さんの場合、本当に日本には戦争が必要だと思っているのかもしれない。ある意味そっちの方が救いがない気もするけど・・・。

安倍さんを突き動かす原動力が何であれ、議論の場をすっ飛ばしていいわけがない。ましてや改憲といういまだに議論が熟していない議題について、一方的な方向に無理矢理引っ張っていくなんて・・・。本当に戦争が必要だと思っているとしても、国民に議論の余地を持たせないなんて、民主主義国家のリーダーのすることじゃない。ってことから考えてもやっぱり戦争は儲かるんだろう。

前にも書いたけど、戦争より儲かる平和がない限り、戦争はなくならないと思う。いっそのこと軍事産業は全部強制的にNPOにして、利益は全て世界平和のための国際機構に寄付とかっていう逆説的な措置はいかがかしら?

政治家が本当に国民のために動いているのなんて、国を問わず私はほとんど目にしたことがない。歴史上まれにはいたのかもしれないけど、結局政治家なんて程度の差はあれ、みんな腹黒いことをしているのだ。だけど、いくらしているからといっても、それを開き直ってはいけないのではないかな。たとえみてくれだけだとしても、たとえ見せかけだけだとしても、一応国民のためですっていうアピールはするべきだと思う。そして何より、どれだけ腹黒いとしても、私利私欲のために国民の命を危険にさらすのはアウトだと私は思う。ので、耐震偽装の時点で安倍さんはアウトだと思う。それに加えて、戦争ですか・・・。

でも、どれだけ何を言ったって、やっぱり自民党を圧勝させてしまったのは国民なわけで、そういう意味では自業自得(他人事という意味ではなくて、自戒を込めて、ね)。私たちが今するべきなのは、国民としてきちんとNOを言うことだし、大多数の力を利用してどんなめちゃくちゃな法案を通したとしても、最終的にはそれをきちんと国民は見ているんだぞと示すしかない。

私が思うにね、もしも自分が改憲賛成だったとしても、戦争は必要悪だと考えているとしても、このやり方はやっぱりおかしいと感じるのではないかな。だってNOって言えないって分かってて勝手に色々やっちゃうわけでしょ。そしてさらに好き勝手できるような法案を通す。

意見の相違があったとしても、本当に日本のことを考えている人だったら、これはおかしいと思うはず。なぜならこれじゃあ独裁だから。っていうのは楽観的すぎるかな?

とにかく海外にいるから余計なのかもしれないけど、ここ最近の日本の政治のニュースを見るとこういうことを感じるわけです。私は戦争放棄は維持するべきだと思っている。だけどそういう意見がどうこうというよりも前に、議論をすっ飛ばす独裁者にはやっぱりNOを言わなければと思うので、今度の選挙は在外投票しなければ。